BMW R1150GSで行くツーリング

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BMW R1150GSで行くGWの佐渡キャンプツーリング
【5月6日(金)】
朝、目が覚めて外を覗くと、これ以上ないくらいの快晴。風も、夕べ遅くには収まったようで、今朝は、ほぼ、無風状態。寝ているのがもったいない感じの爽快な朝。でも、ちょっと、腰が痛いかな。時間の方は6時半過ぎ。
起き出して、テントの外に出ると、フライシートは少し濡れていた。昨日の朝はカラカラに乾いていたけど、何が違うんだろう。
いやー、それにしても、空の青、海の青、芝生の緑の色合いが素晴らしいね。佐渡島に来て、よかったよ。
海岸に出ると、当たり前だけど、海が広がっている。そんなことでも嬉しくなってしまうくらいの本当に気持ちのいい朝。海岸には、近所に住んでいるらしきおじいさんが、のんびりと散歩中。それとなく、観察していると、海苔か何かを採っている。朝ご飯なのか、なんとも、贅沢。足元には、ハングルの文字が書かれたゴミが打ち上げられている。日本海ですなぁ。
散歩がてら、辺りをうろうろしていると、近辺は夏は海水浴場になるらしく、シャワーの設備もある。で、シャワー設備の一角の洗面台は水が出るのを発見したので、そこで、洗面。ついでに、焦げ付いたコッヘルを簡単に洗う。でも、この焦げ付きはもう落ちなさそう。よくよく考えると、このコッヘルは20年近く使っているんだよな。そろそろ、潮時か。
そんな感じでのんびりしていると、一人のチャリダーが来て、シャワー室を覗いている。が、チャリダーといっても、往年の夏の北海道にいたキャンプ道具満載のいかにも学生という感じではなく、格好いいウェアを着た大人のサイクリスト。話をすると、夕べは寒かったですよね、オートバイはいいですよねとの発言。そうすると、キャンプなのかなとも思うけど、聞いてみると、テント道具は重いので、今回は持ってこなかったとのこと。シャワーを使いたいみたいな感じだけど、どうしてなんだろう。
そういえば、この人に限らず、これまで、佐渡島では、サイクリストをたくさん見掛けている。佐渡島では、トライアスロンの大会もあるようなので、それで、多いのかな。
サイトの奥にあったテントは 4,5人のおじさん達で、出発の準備中だけど、何をしに来ているんだろう。釣りって感じでもないし。そういえば、このキャンプ場もカラスがいないなぁ、なんて取り留めも無いことを思う。平和です。
入崎キャンプ場
今日は、これ以上ないくらいの快晴

入崎キャンプ場近くの海
豊かな海

入崎キャンプ場
夏は混むんだろうな
入崎キャンプ場のBMW R1150GS
さて、そろそろ、テントを撤収しないと
岩谷口観音
岩谷口観音

岩谷口の岩壁
岩から波の音がする

佐渡海府海岸
絶景!

さて、今日は、佐渡島をぐるっと時計回りに走る予定。今夜のキャンプ場については連泊も考えたけど、やっぱり、水が出ないのは何かと不便。島で3泊してキャンプ場を3ヵ所というのも馬鹿みたいだけど、移動しよう。昨日、立ち寄った鴻ノ瀬鼻キャンプ場がいいかな。
海岸沿いの道路をのんびり走っていると、猫が道路脇を歩いている。飛び出すなよと思いながら通り過ぎようとすると、こちらを振り返った。すると、あれ、何かをくわえている。季節柄、子供だろうか。
しばらく走ると、岩谷口という村落で、何かの史跡を案内する標識が目に入る。この辺りなのかなと思いつつ、オートバイを停めて、標識の方に歩いてみる。ここは、鄙びた小さな村で、沿道の田んぼでは、おばさんが田植えをしている。空は青く、空気も爽やかで、気持ちがいい。標識通りに歩いてみると小さな神社があった。が、探しているのは洞窟なので、どうやら、目的地とは違うらしい。
オートバイに戻って、改めて、周囲を見回し、洞窟がありそうな地形を探す。すると、進行方向に、巨大な岩壁が見えたので、そのまま、先に進む。すると、それらしい標識があった。何だ、真っ直ぐ走っていれば、素直に着いてたんだ。ここは、岩谷洞窟と呼ばれているところで、事前に調べていた時に、佐渡島のパワースポットということで、たまたま、見つけたところ。
歩き出すと、いきなり、墓が並んでいて、すぐその先に、洞窟があった。案内によると、洞窟の中には池があって、竜眼の池というらしい。確かに、ひたひたと水の音がしている。が、不気味なので、中までは入れず。少し先の隣にも洞窟があって、こちらの入口には岩谷口観音と書かれた小さな祠が建っていた。
古事記にもあるように、日本人は、古来から、洞窟を死の世界との通路と考えていた。洞窟は、生の世界と死の世界を繋げる時空が変調する場所。なので、死の世界と密接に関係している神社や墓が集まってくるのは自然なことなのだろう。そんなことを思いながら、改めて、岩肌を見ると、生き物の皮膚のように生々しく見えてくる。時空が捩れて、ここでは、岩が生命を持っているのか。なんてね。
オートバイに向かって歩いていると、岩壁から波の寄せる音がしているのに気がついた。が、岩自体からなんて、そんなことあるわけもなく、直ぐ近くの海岸の波音が反射しているらしい。でも、ますます、岩が生きているような感じがしてしまう。
さてと、気を取り直して、出発しますか。
走り出すと、道路は、直ぐに、急激に高度を上げ始める。そして、登りきった辺りでオートバイを停めて海を眺めると、おおぅ、絶景。あっ、でも、この景色、憶えている。
確か、初めて佐渡島に来たのは、アウトライダーに触発されてだった。で、その時、この辺りからの景色を見て、アウトライダーにも、似たような写真があったなと思ったものだ。それにしても、改めて、これは、絶景。海がきれいな外海府の中でも、格別という感じ。
道路は、しばらく、海岸沿いの断崖の頂上辺りを縫って走る。海の絶景や、素堀のトンネルもある鄙びた雰囲気が素晴らしく、この辺りは、島を一周する道路のハイライト。が、高いところがちょっと苦手な自分は、素直に景色を楽しめなかったりもする。
そして、その先の大野亀に到着。観光客も多く、典型的な観光地という感じ。それでも、ここは、今日二つ目の目的地で、「日本風走記」という雑誌で見た、大野亀の頂上からの写真が印象的だったのだ。というわけで、自分も登るつもりなんだけど、他に登っている人が見当たらない。道は付いているみたいだけど、本当に登れるのかな。相当、急そうだし。まぁ、でも、無理だったら引き返せばいいやと思いながら、登り始める。
写真を撮りながら道を辿る。きれいな蝶がヒラヒラと舞っている。少し登ると、道の幅が狭くなり、一人分でぎりぎり。人が降りて来たら、すれ違いが難しいなと心細い。それでも、海の眺めは絶景。青い空と青い海、荒々しい海岸線の景色の中を小さな漁船が進んでいく。うーん、絵になりますなぁ。
で、結局、20分ほどで、ほとんど頂上まで来てしまった。下から見るほど大変ではなかった。が、暑くて、汗だく。見られないよう、背の低い木々の間で、アンダーパンツを脱ぐ。ついでに、上着も脱いで、Tシャツとパンツという風呂上りみたいな格好で涼む。ふー、気持ちいい。で、汗も引いてきた頃に、服を着て先に進むと、大きな石塔が立っていて、ここが終点。眺めは、素晴らしい。が、高いところが苦手な自分は、なんだか、落ち着かない感じ。写真も、腰が引けて、テキトーになる。
少しの間、景色を眺めたり、写真を撮ったりしていると、突然、一人のおじさんが現れた。登ってくる人はいないと思い込んでいたので、ちょっと、びっくり。風呂上りの格好でなくてよかった。でも、その人は、「ふーん、こんな感じなんだ」というようなことを言って、さっさと、降りていってしまった。
さて、それでは、自分も、降りますか。
帰り道では、こんな小さな子が登って危なくないのかという感じの家族連れとすれ違った。自分が呼び水になったのかな。
駐車場に戻ると、日差しが強くて暑い。空には、飛行機雲が何本も線を引いている。飛行機だらけという感じ。そういえば、ヨーロッパ便も、この辺りを飛ぶんじゃないかなぁ。で、面白いのが、途中で曲がっている線があること。島の上が、ちょうど、進路を変更するポイントになっているらしい。
オートバイを進めると、すぐに、「願」という村落への入口があったので、そちらに曲がる。この先に、今日、三つ目の目的地があるのだ。
大野亀
大野亀。この頂上に登ります

大野亀からの海
どこまでも青い海

大野亀からの眺め
大野亀の頂上から。道路の描く曲線が美しい

一周道路は、この辺りでは少し高台を走っているので、漁村である願には道路を下っていくことになる。その坂道の両側は八重桜の並木になっていて、まだ、淡いピンク色の花が残っている。
村に入ると、道路の脇に、おばちゃん達が座って、お喋りをしている。こちらをじっと見るので、なんだか、ちょっと、緊張。あちこちに、ワカメらしきものが干されているから、その作業の途中らしい。
行き止まりで行くと、その先に遊歩道を発見。ここから行くんだな。オートバイを停める。
歩き始めると、海岸には、奇怪な岩々が立っていて、なんだか、ちょっと不気味な感じ。陸側は急峻な崖で、滝が落ちている。今日は晴れているから、そうでもないけど、怒涛押し寄せる冬なんかは、相当、恐ろしげな景色になるのではないだろうか。向かっている先のせいか、そんなことを思いながら、10分も歩かないうちに、目的地の「賽の河原」に到着。海に面した崖に洞窟が口を開け、その前は、文字通り賽の河原になっている。そして、洞窟の中には、お地蔵さんが無数に立っている。うーん、おどろおどろしい気配。ここは、ちょっと、ではなく、相当、怖いなぁ。
ところで、自分が、ここを知ったのは、「石の宗教」という本を読んだ時。この本は、民俗宗教的な観点から、石というものが日本人の宗教的行為の中でどのように使われてきたかを解き明かしていたのだけど、中に賽の河原では何故石が積まれるのかという考察があって、賽の河原の例として、ここ願が挙げられていたのだった。で、そういえば、以前、佐渡島を走ったとき、そんな地名を見掛けたなと思い、何となく、印象に残っていたのだった。
本書によると、仏教伝来以前には、このような洞窟で風葬が行われており、遺体が骨になるまでの間、石を積んで入口を塞いでいたのが、石を積むという行為の元来の姿ということらしい。死の世界に通じていると思われていた洞窟は、風葬には相応しい場所だったのだろう。
岩屋口の洞窟の近くには墓があったけど、ここには見当たらない。海岸から近過ぎて、荒れた日には波をかぶってしまうからか。そうでなければ、間違いなく、墓もあった筈だ。そんなことを思いながら洞窟を覗き込むと、岩肌は湿っているようで生々しく、産道のよう。まさしく、異界への入口に相応しい。
さて、ここで、ちょっと、小難しい話をしてみよう。
論理学の基本的な定理に、同一律というものがある。
それは、「AはAである」、記号で表すと、「A=A」のこと。何だそんなの当たり前ではないかと言われればその通り、当然。ただし、実はここには前提があって、同一律が成り立っている世界では、世界に存在する何かは全て「A」とか「B」という形で個体化される、つまり、名前が付けられるという暗黙の前提がある。世界とは、モノの集まりだというのが、その考え。
一方、異界とは、同一律が成り立たない「A≠A」の世界。死者の世界なんだから時間や空間の概念があるはずもなく、個体なんてものも存在しない。全てが、あわいの中を漂っている世界。
だから、普通は、異界と、同一律が成り立っている日常世界が繋がることはない。逆に、異界と接触するためには、同一律が崩れるような特殊な状況が必要になる。例えば、お盆というのはそういう機会であって、一年に一度の特定のタイミングに日常世界が異界と繋がり、死者達との交流が可能になる。盆踊りというのも、当初は、そんな死者を迎える儀礼だったらしい。
そして、聖地というのは、特定のタイミングに依らず、そのような状況を作り出し得る場所のことだと言える。聖地には、五感に訴える自然的に特殊な状況があって、それと文化的な文脈が相俟って、個体化の原理が消え去り、同一律を崩すような特殊な環境が作り出される。シャーマンのような鋭敏な感覚を持った一部の人間は、もっとリアルになんだろうけど、一般人でも、そこでは、この世を超えた何か、つまり、異界や聖性を感じることができる。モノから成り立っていると思わせるこの世界が、実は、そうではないということを「実感」することができる。そして、凝り固まってしまった日常を超える何かに触れることによって、その凝りが解れ、自分が新しく生き返るような生まれ変わるような、そういう新鮮な感覚を掴み、また、新たに人生に立ち向かって行く力を得る。聖地というのは、そういう場所のことなんだと思う。そう、いい意味で、人生を「リセット」する感覚。
ちなみに、このような、生と死が交流する、A=A とA≠Aが同時に成り立つ世界観は人類に普遍的なものらしい。例えば、夕べの入崎キャンプ場の地球照の現象は、ヨーロッパやアメリカインディアンの世界で「新しい月に抱かれた古い月」というような表現をされているらしく、まさに、生が死を包み込む、または死が生を包み込む、同一律が成り立たない世界観を象徴している。
今日訪れた二つの洞窟は、まさに、そのような聖地であって、佐渡島は、まだ、異界と繋がる自然が、なまなましく生きているところなんだなぁと実感するのであった。
オートバイの所まで戻ってくると、集落の向こうに、降りてきた並木の淡いピンク色が見える。なんとも平和な景色。さっきまでのおどろおどろしい景色とは違い、ほっとする。
再び、願の集落でおばちゃん達の熱い視線を受けて、一周道路に戻る。スピードを上げると、アンダーパンツを脱いだジーンズだけだと、ちょっと寒い感じ。観光地の二ツ亀は、賽の河原からも見れたし、前回も来ているのでパス。
そのまま、海岸沿いを走り続ける。やっぱり、海の眺めは外海府の方がいい。景色も何だか白っぽい。穏やか過ぎて、ちょっと退屈だなと思いながら、両津の街に到着。
昼過ぎなのでご飯ということで、ツーリング・マップルに載っているスタミナ道場へ。前回も来ているんだけどね。で、オーダーしたのはツーリング・マップルお勧めの和定食。これまた、前回と一緒。待っている間、周りを観察すると、店がフェリー乗り場の前にあるので観光客が多いのかと思いきや、普通のメニューもあるせいか、地元の人も交じっている。で、定食の方は、ツーリング・マップルには、味、量ともに満足と書いてあって、もちろん、おいしいんだけど、どちらかというと、量の方にインパクトがあったかな。刺身は、イナダ、アジ、イカ、甘エビでした。
次は、ようやく、コンビニでゴミを捨てさせてもらってから、フェリー乗り場に行って、明日の帰りのチケットを購入。両津発ではなくて、10時過ぎの小木発の便にしたのは、本州への到着が直江津だから。上陸したら、もう少し南に下って、糸魚川の縄文遺跡を見てみたい。
さて、予定通り、鴻ノ瀬鼻キャンプ場に向かおう。この先は、一昨日、何度も走っているので最短ルートで行きたい。ということで、地図上は近道に見える県道を選択。が、これが失敗。途中、積雪のため閉鎖中というような標識があったんだけど、今の季節は関係ないでしょと思い、そのまま進むと、積雪のダメージの修復なのか、1.5車線の道路をクレーン車が塞いでいた。仕方なく折り返して、昨日、何度も走った海岸線の道路を辿る。30分近くロスしたかなぁ。
で、結局、2時半前にキャンプ場に到着。昨日と比べると、テントが減っているようだ。サイトの海際には備え付けのイスとテーブルがあるんだけど、冷たい風が直接当たって寒そうなので、少し奥まったところにテントを設営。そして、観光と買出しに、再び、オートバイを走らせる。
スタミナ道場の和定食
スタミナ道場の和定食

佐渡一周線からの大佐渡山脈
今日は大佐渡山地がくっきり見える

梨ノ木地蔵
梨ノ木地蔵。小さいお地蔵さんがキノコのように生えています

願の賽の河原
ちなみに、こちらは、午前中に訪れた「願」の賽の河原。
今日は、こういう所ばっかり...

真野鶴
真野鶴

佐渡島で最後の夕陽
佐渡島で最後の夕陽

昨日、内陸に向かって曲がった多田を越えると、長大なトンネルを通る。似たようなトンネルはこれまでもあって、一周道路で、多分、三つ目じゃないかな。でも、どう考えても、投資対効果は見合わないと思う。
海岸を走っていると、城が浜温泉という温泉を発見。自分のツーリング・マップルには載っていないけど、日帰りで風呂に入れるのかな。が、結局、買出しをしないといけないので、予定通り、昨日寄った国道350号線の辺りを目指そう。
昨日同様、小佐渡山地を越えるので時間がかかる。で、下りになった辺りで、周りをキョロキョロ。というのも、こちらも、佐渡島のパワースポットということで、佐渡観光協会のページで知った梨ノ木地蔵を探しているのだ。もっとも、「日本の霊性 越後・佐渡を歩く」にも出ているのに、昨日の朝、気が付いたけど。が、詳しく調べてこなかったので、正確な場所がよく分からない。走ってきた道路は新しいバイパスのようなので、旧道沿いかと思い、それらしき道を探すけど、分からない。同じ所を何回通っても分からない。人に聞こうにも、村はあっても、人がいない。で、もういいやと思い始めた頃、小さな標識を発見。もしかしてと思いながら、結局、元々走っていたバイパス沿いにあった。もう、何だかな〜。今日は、こんなことが多いな。
オートバイを停めて、境内まで歩くと、薄暗い林間に無数の地蔵が立っていた。大部分が小さくて、何だか、キノコみたいで可愛い感じもするけど、それでも、やっぱり、おどろおどろしい。今日は、こんなところばっかり...。ということで、写真を何枚か撮って、そそくさと出発。
国仲平野に出ると、まづは、風呂を探す。が、ツーリング・マップルに載っている「ゆとりぴあ真野」が見つからない。このツーリング・マップルは10年以上前のだからなぁ。ということで、風呂は、一旦、諦めて、買出しへ。
途中、ガソリンスタンドで給油中に、近くに風呂がないか聞いてみると、親切なお兄さんが、この先にあるとのことで丁寧に教えてくれた。が、彼は、興味があるのか、穴が開く程、GSをじーっと見ている。そんなに見られると、おつりを財布に仕舞うのにも緊張する感じで、途中、他の車が入ってきて、そちらの給油に行ってくれて助かったと思ったくらい。
教えてもらった八幡館は、真っ直ぐ、道なりにあった。が、何だかちょっと高級な旅館らしく、ホテルの係員が玄関の前でお客さんを待っている。風呂だけ入れますかと聞くと大丈夫とのことで、小汚い格好はちょっと気が引けるけど中に入る。受付でお金を払って風呂に向かうと、皇室の誰かが泊まったらしい写真が飾ってある。ということは、佐渡島の中でもトップクラスの旅館なんだろうな。
浴室は空いていて快適。露天風呂に浸かりながら、最後の晩くらい、こういう所で、上げ膳据え膳もいいなぁなんて思ったりして。いやいや、いかん、いかん、ライダーはワイルドなければ。
風呂から上がると、これから冷えてきそうなので、午前中に脱いだアンダーパンツを履いておく。で、ロビーに出ると、人が少なくてがらんとした印象。震災の影響なのかな。
で、次は買出しということで、昨日寄った繁華な辺りへ向かうが、同じスーパーというのもつまらないので、近くの別のスーパーへ。駐車場では、隣の軽トラのおじいさんが、「すごいバイクだね〜」と頻りに感心をしている。帰り際には、酒蔵の真野鶴の前でオートバイを停める。なんだか、もう、終わりみたいな雰囲気だったけど、店のおばさんは気持ち良く案内をしてくれた。で、中に入ると、途端に、お酒の香りが漂ってくる。それをおばさんに言うと、毎日いるから分かんないわみたいなことを言って、楽しそうに、笑っている。こちらも楽しく思いながら、今夜の日本酒を選択。オススメは原酒だったけど、最近、こういう強い日本酒が合わなくなってきているので、大吟醸を購入。自分も、歳をくったなぁ。
その後、道を間違えて、海岸線を走り過ぎてしまった。で、駐車場があったので、そこで、Uターンをするつもりが、夕陽が奇麗だったので、オートバイを停める。これは、間違えて、ラッキーだったかな。しばらく、佐渡の夕陽は見れないもんね。ついでに、気になっていたことを確認。あー、やっぱり、ヘッドライトが切れている。ローが切れているのにはちょっと困るけど、ここでは、どうしようもない。しばらく、最後の夕陽を眺める。はぁ、今回の旅も、もう、終わりだな。大分、霞んでいるけど、それにしても、夕陽は、人を感傷的にさせますな...
結局、鴻ノ瀬鼻キャンプ場に戻ったのは、6時過ぎ。今回のキャンプ・ツーリングは何かと効率が悪い。
テントに向かっていると、サイトでは、一人のキャンパーが、何だか、荷物を広げている。一言二言、挨拶をして、自分のテントへ。今夜は、結局、テントは三つらしい。
さて、まづは、ビールを開けて、ぐびぐび。ちょっと、寒いけど、直接、風が当たらないので快適です。
さて、イスを組み立てよう。今回は、Kermit Chairを持ってきたのだ。昨年の6月に手に入れていたんだけど、キャンプの機会がなくて、今回が、ほぼ1年振りの初デビュー。コンパクトサイズのイスは腰が痛くなって、長く座っていられなくなっていたのもあって、購入した。あーぁ、自分も、歳をくったなぁ。
そういうわけで、キャンプ・ツーリング最後の晩の今日は、何としても使わないと。敢えて、海際の備え付けのイスとテーブルの近くにテントを張らなかった理由の一部はこれなんだよね。が、うーむ、1年振りの組み立てで、手順を憶えていない。それでも、何となく、こんな感じかなと組み上がったイスに座ると、快適。重心を前にずらすと、ジャケットの背中のパッドがちょうど首の支えになって、もう、寝てしまいそうなくらいに快適。
風が止んで、少し暖かくなってきたようだ。そのうち、昨日話をした若者が戻ってきた。カニを10匹買ってきました〜、一緒にどうですか〜、と相変わらずフレンドリーな声を掛けてくれる。けど、もう、お腹一杯なので、丁寧にお断りをする。
今夜は、星は僅かばかり。ここの灯台はライトアップされていて、ちょっと、不思議な印象。じっと見ていると、何だか、人のように思えてくる。この灯台も、明かりは回転していない。
他のキャンパー2人は、時々、声を掛けてくれるんだけど、今夜は、一人でいたい雰囲気。申しわけない。
トイレから戻ってくると、猫が食べ物を漁っている気配で、追い返してやった。お前ごときに、簡単に食料を盗られる程、初心者ではないのだよ。
遠くからは、カエルの鳴き声が聞こえる。これが、ゴールデンウィークのツーリングのよさだよな。
佐渡島最後の晩の時間は、淡々と過ぎて行く。
鴻ノ瀬鼻キャンプ場で食べたうどん
蕎麦はもういいので、今夜は、うどんですよ

鴻ノ瀬鼻キャンプ場の夜
灯台と会話

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