BMW R1150GSで行くツーリング

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BMW R1150GSで行くGWの佐渡キャンプツーリング
【5月4日(水)】
「何しに佐渡へ行くのだろう」と書いたのは「佐渡」の太宰治だけど、自分も似たような心境だ。
今、関越道を新潟に向かっている。今年のゴールデン・ウィークは、後半に6連休が取れた。天気予報を見ると、天気が良さそうなのは、北陸と東北日本海側という感じ。北陸は昨年行ったので、東北かなぁ、だとすると、竜飛までかなぁ、でも、せわしいのはいやだなぁ。なんて、ぼんやり考えながら思いついたのが、佐渡島。というのは、最近、嫁さんが、「未来ちゃん」という写真集を買ってきて、これは、2〜3歳くらいなのかな、それくらいの年頃の女の子の未来ちゃんを撮ったものなんだけど、この子が、今時、こんな素朴で昭和な子どもがいたんだという感じで、ついつい眺めてしまうのだ。で、この未来ちゃんは佐渡島に住んでいるとのことで、こういうのんびりした島もいいなぁと思ったのだった。まぁ、その程度の思いつき。
関越道は車は多かったけど、渋滞とまではいかなかった。祝日は昨日からなので、出発を一日ずらしたのがよかったか。
でも、もう急ぐのは止めた。9:25発のフェリーに乗れるかもと思い、スピードを上げていたんだけど、危ないしね。そもそも、駐車場を5時に出た時点で間に合わないのだ。が、となると、次のフェリーは12:35発なので、少し時間ができた、どうしようか。赤城高原サービスエリアで考える。そういえば、長岡に火焔土器を展示している博物館があったと思い、携帯で検索。で、馬高縄文館を発見。こんな名前だったかな。まぁ、長岡インターからも近いので、ここに寄ってみよう。このサービスエリアは標高があることもあって、空気が冷たい。遠くには冠雪した高山が見える。
赤城高原サービスエリアの桜
赤城高原サービスエリアの桜
馬高縄文館の火焔土器
ここまで過剰な装飾は何故

馬高縄文館の火焔土器
めくるめく渦巻き模様。何を象徴しているのか

馬高縄文館近くの湿地
カエルがコロコロと軽やかに鳴いていた

関越トンネルを抜けると、路肩に雪が残っていた。桜もまだあちこちに咲いていて、辺りは早春の景色。空も白っぽく霞んでいる。横風が強くなって走りにくい。
馬高縄文館は、長岡インターから分かり易く、迷うことも無く到着。モダンな感じの建物の近くには、火焔土器の大きなモニュメントが建っている。ひっそりしている感じだけど、オープンはしているようだ。
時間はまだ9時半頃ながら、館内には、もう、他に客がいる。ここは、火焔土器を中心に、馬高遺跡・三十稲場遺跡の出土品を展示している。
で、その火焔土器は、予想通りの迫力。異次元に連れて行かれるような、めまいがするような過剰な造形。じっくり見ていると、ばらばらに創られているようで、実は意外とパターンがあることに気が付く。そのパターンから外れた創りは、それが個性なのか、はたまた、単なる品質管理上の誤差なのか。
とあるコーナーに、他の地域の土器との関係ということで、勝坂式土器のことが書いてあった。造形からすると、釈迦堂遺跡出土の土器が典型のように思うけど、どちらも、形式は大きく違うものの、多分、自然の原理を表しているのだろう。勝坂式土器は理念的、火焔土器は表現的ということにでもなるのかな。なんて、眺めていると、本当に飽きない。が、とはいえ、フェリーの時間もあるので、程々のところで切り上げる。
近くの県立歴史博物館とのチケット相互割引をやっているとのことだけど、縄文土器は、もうお腹一杯という感じなのでパス。近くでカエルの鳴き声が聞こえるので、散歩がてら、そちらの方向に歩いてみる。縄文館より一段下がったところが沼というか湿地になっていて、鳴き声はここからだった。
カエル達が、見えないけれど、気持ちよさそうに、コロコロと軽やかに鳴いている。沼の畔には、水芭蕉が白い花を咲かせている。大地は緑を取り戻し、満開を過ぎた桜は、風が吹く度に、薄いピンクの花びらを舞い上げる。あー、春だなぁ、生命だなぁ。空の青みが目に沁みるよ。
どこか寄り道してもよさそうだけど、大人しく、高速道路に戻り、新潟に向かう。この辺りの沿道の田んぼには、水が張ってある。相変わらず、風が強い。道路には意外と車も多い。対向車線は渋滞しているようだ。ゴールデン・ウィークだもんね。
で、結局、フェリーターミナルに着いたのは、11時半過ぎで、少し早かったかなというくらい。寄り道してたら間に合わなかったかも。チケットを買って、所定の場所にオートバイを停める。チケット売場では帰りの切符のことも聞かれて、混雑具合を確認すると、明日まではゴールデン・ウィークで混んでいるけど、その先はそれ程でもないとのこと。であれば、最低でも2泊の予定なので、今日は、購入せず。
時間が中途半端なので、その場で待っているしか仕方が無い。周りを観察すると、オートバイは5台程。少ないような、多いような、今年は、震災の影響で、人の動きがよく分からない。
フェリーに乗り込む時には、久しぶりのオートバイに、キャンプ道具を積んでいるのもあって、コケないように慎重に操縦をする。で、無事、オートバイを指示通りの位置に停める。ふー
船室に上がり、船内を探索していると、食堂を発見。早くも、既に、食べている人達がいたので、自分も、もつ煮丼をオーダー。フェリーのチケットを買ったら、コンビニで何か食べるものでもと思っていたのが、そんな時間もなかった。で、出来上がった丼を食べると、おおっ、意外とおいしいじゃん。こういう所だから、まぁ、おざなりなものなんだろうなぁと思っていたんだけど、味噌が効いた甘辛い味付けでおいしい。へー、と思いつつ食べ進めると、が、単調な味なので、最後は、ちょっと飽きてしまったな。でも、これならば、満足、満足。
フェリーは、もう、動き出している。デッキに出ると、カモメ達が観光客の投げるエサに群がっている。フェリー乗り場は、信濃川の中にあるので、しばらくすると、河口から出て行くことになる。相変わらず、風が強いので、外洋では白波が大きく砕けている。今日は揺れるのかな。まぁ、4年前の四国ツーリングの時のことを考えれば、何でもないけど。河口では、濁った川の色と外洋の青い海の色で境界ができているのが面白い。
船室に入って、事前に読み切れなかった「街道をゆく 羽州街道 佐渡のみち」に目を通す。「佐渡のみち」の後半は、江戸時代に佐渡で起きた小比叡騒動という事件に多くのページを割いている。これは、品行方正・優秀であるが故に相川町奉行に異例の抜擢をされた辻藤左衛門という人物が、それを気に入らない周りの腐敗役人達に「いじめられて」、最後には、寺に立てこもり闘死をしてしまうという話なのだが、えらく力の入った書き振りになっている。この手の日本人の宿痾というべきものに対する司馬遼太郎の感度は氏の軍隊経験によるものだと思うけど、そういう日本的感覚は江戸期に育てられたと書いている。室町・戦国という心が外に向かい文化的にも革新が多かった時代に対して、何事も内向きになり、ひねりや洒落や味といった斜に構えた町人文化が隆盛したのが江戸時代。昨今のグローバリズムで日本の伝統がどうのこうのと言うのがいるが、「伝統」と言ったって、こういう様に、いい面ばかりじゃない。逆に、眼を外に見開き、日本人の悪癖を変えるいいチャンスじゃないか。岡本太郎の言うように「法隆寺は焼けてけっこう」、「自分が法隆寺になればよい」だ。そもそも、人類は、生物的にも文化的にも、環境の変化に否応無しに対応させられてきたのだ。変わるのが良いか悪いかじゃない。変わらざるをえないのだ。そして、変われないものは消えて行った。
なんだか、自分も力が入ってしまったが、そういう話はどうでもよくて、佐渡島に着いたらどうしようか。両津港到着は3時過ぎなので、今日は、もう、キャンプ場に向かうだけ。が、なかなか、決定打が無いうちに眠くなってきて、うたた寝...
佐渡汽船フェリーの中のもつ煮丼
フェリーの中のもつ煮丼

佐渡汽船フェリーからの信濃川河口
色が違うのが面白いな

姫崎キャンプ場
姫崎キャンプ場

姫崎キャンプ場近くからの大佐渡山脈と農家の人々
ミレーの絵みたいですな

佐渡一周線からの大佐渡山脈とBMW R1150GS
大佐渡山地の山頂付近は雲が掛かっている。
船影は、乗ってきたフェリーが折り返しているのかもしれない

車両甲板解放のアナウンスでオートバイのところまで降りて、乗り出す準備をする。甲板の中は、着岸に向けた轟音が響いている。キャンプらしきおじさんがいたので、どうするのか聞いてみると、機械音がうるさくて、話があまり聞こえないものの、取り敢えず、ドンデン山かなとのこと。うーん、この時期は、まだ、山の上は寒いんじゃないのかな。どうするかなぁ。
乗る時はオートバイが最初だったけど、降りる時は逆。車の列を眺めていると、一番最後に田植機が置いてあった。新車の納品なのかな。なんとなく、笑える。
フェリーの外に出ると、天気予報では曇りの筈が、まだ、太陽が出ている。佐渡島上陸は、これで3度目。前回は、もう、8年も前のことになる。その時は、確か、仕事の都合で、ゴールデン・ウィーク終了直後の平日だったな。
相変わらず、風が強い。朝から、西風の印象だったので、西側のキャンプ場は止めておいた方がよさそう。夕陽が見たかったんだけどな。となると、東側の海岸を北に向かうか、南に向かうか。でも、北方面で考えていた 二ツ亀キャンプ場は、前回来た時に使っているので、やっぱり、南方面へ向かおう、なんてことを、ヘルメットの中で瞬時に考える。
佐渡を一周する海岸線沿いの県道を進む。左側の湾の向こうには、大佐渡山地が聳えているのが見える。が、大気が白っぽくて、山並みも雲を被っている。山側は、山桜と新緑の淡い萌黄色が水彩画のようで、いかにも、山笑うという感じ。春ですなぁ。
最初の候補の姫崎キャンプ場の標識があったので、道を曲がる。姫崎灯台の標識も同じだったので、灯台の近くにあるのかな。で、狭い一車線の道を少し走ると行き止まりに小さな駐車場があった。港から、ここまでは20分程。
が、姫崎灯台はあるものの、キャンプ場が分からない。まぁ、小さな展望台もあるので、取り敢えず、写真を撮ろう。
展望台の上から海の方向を眺めると、あれれ、斜面の下にキャンプ場らしきものを発見。写真を何枚か撮ってからそちらに歩いてみると、おおっ、こんなところにキャンプ場が。海に面した方向以外は囲まれたような地形になっているので、何だか、秘密の庭園というか、隠された箱庭のような立地になっている。へー、こんな雰囲気のキャンプ場は珍しい。風もほとんどないし、サイトからは青空の下、海も見えて、青く輝いている。桜も咲いていて、いいねー
既に、テントも幾つか張ってあって、テントを張ったばかりらしい、若者も二人いる。よし、今夜は、ここに、決定。意外と、あっけなかったな。
設営して、さて、風呂と買出しだ。両津に戻ろう。県道に出るまでの狭い道から海の方を向くと、落ち始めた夕陽に海面が白く輝いている。大気は相変わらず霞んでいるけど、きれいだなぁ。というか、霞んでいるからいいのかも。そして、手前には、田植えをする農家の人々。うーん、絵になりますなぁ。
まづは、両津市街手前の佐渡シーサイドホテルへ。日帰り入浴の看板が出ていたのを、来る時に気が付いていたのだ。
で、風呂はそれ程広くなかったけど、ほぼ貸切り状態で気持ちがよかった。ほっと一息という感じ。
ホテルを出る時に、乳飲み子を抱えている主人と思しき人に、近くのスーパーを教えてもらう。で、説明に市街の地図を取出してきてくれたんだけど、その手つきが赤ちゃんを落としそうで、こっちが、ヒヤヒヤ。
スーパーまでは、敢えて、裏道的な道路を通ってみると、これが、正解。昔の面影が残るしっとりとした街道のようで、祭礼があるらしく、多くの家の軒先から赤白の垂れ幕が下がっている。ゆっくりと先に進むと、北一輝の生家との看板があった。へー、佐渡出身だったんだ。そして、祭礼があるらしい神社の近くに来ると、出店がたくさん並んでいて、子供達が楽しそう。
教えてもらったスーパーは、地物があまり無い感じで、総菜も量が多く、買うものが無い感じ。が、そうも言ってられないので、一番少なそうな二個入りのコロッケや蕎麦等、毎度の食料を調達。日本酒は、佐渡の地酒「北雪」の純米酒を購入。少し寒そうなので、熱燗の想定なのだ。
6時過ぎに、姫崎キャンプ場に戻ると、方向によっては晴れているんだけど、キャンプ場の上は曇っている感じ。でも、まぁ、まづは、ビールをぐびり。あー、旨いねー、来てよかったなぁ。キャンプ・ツーリングは、昨年のゴールデン・ウィーク以来だもんなぁ。
海際までの階段が目の前にあるので、カメラを持って降りてみる。階段の降り口には、「冬期間高波の為 進入禁止」という標識がある。下に降りても、海岸に付いている歩道が壊れていて、侵入禁止になっていた。冬は荒れるんだろうな。
西側の方向を見ると、大佐渡山地の向こうに落ちて行く太陽が少しだけ見えた。今日は、西側のキャンプ場からは、夕陽は見えたのだろうか。佐渡に来たら、やっぱり、夕陽が見たい。
風が少し冷たくなってきた。それでも、ここは、地形上だと思うけど、風が弱くて助かる。今日は、一日中、風に吹かれていた感じだもんな。空は方向によって、相変わらず、雲があったり、なかったり。
暗くなると、幾らか、星が見えてきた。まぁ、でも、灯台が近いし、キャンプ場の明かりが強いので、期待はしていない。適当につまみながら、熱燗を頂く。キャンプ場はとても静かで、ライダーとチャリダーだけではないだろうか。
寒くなってきたので、テントに入り、横になりながら、「街道をゆく」の残りを読む。もう、酔っ払って、いい気分。
雲が広がってきたのか、そのうち、星も見えなくなっていた。灯台の光が、空を舐めている。
両津の市街とBMW R1150GS
両津の市街

姫崎キャンプ場近くの海から見た大佐渡山脈の向こうに落ちて行く太陽
太陽が大佐渡山地の向こうに落ちて行く

姫崎キャンプ場からの姫崎灯台
陸側を向くと姫崎灯台

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