BMW R1150GSで行くツーリング

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BMW R1150GSで行く2007東北キャンプツーリング
【8月28日(火)】
朝、カーテンを開けると、曇ってはいるが、雨は降っていない。路面が濡れている。夕べ、パチパチと雨が窓に当る音を聞いたので、結構、降ったのだろう。天気予報を確認すると、この辺りは、段々、天気が回復していくようだ。今日は、東京に戻らないといけないが、前線が南下していくようなので、下手に動くと、前線と一緒に移動することになる。朝は、ホテルで、うだうだして、その後、周辺を少し観光してから帰ろう。それにしても、天気が回復していくというのが恨めしい。
結局、ホテルを出発したのは、9時頃。今日は、体は、すっきりしている。まづは、この前の東北旅行で、寄りそこなったイギリス海岸に行ってみよう。
国道4号線に出てから、慎重に、曲がり角を選んで、標識に沿って進む。路地のような道を通り、川岸のすぐ近くの駐車場にオートバイを停めた。
土手に登ると、北上川が流れている。濁っていて、水量が多い。川岸のベンチには、地元と思われるおじいさんが、散歩の途中で休憩をしている。宮沢賢治が名付けなければ、どうということもない地味な景色だ。但し、本来は、水が引いた状態がドーバー海峡に似ているので、こういう名前を付けたらしい。なので、今日の景色は、「イギリス海岸」とは大分違うのだろう。が、水量が少なくても、多分、似たような、地味な景色なのだと思う。現地の標識には、こうある。
「賢治はこの場所を好んでいました。夏の夜空に南北に流れる天の川と地上を流れる北上川の間を小さくてたよりない軽便鉄道が橋を渡って行きました。そんな光景から、不思議な名作「銀河鉄道の夜」が生まれました。」
こういう、なんでもない景色から、何かを読み取ることができるのが、まさに、詩人の詩人たる所以。賢治は、自分のように、わざわざ、遠くに来る必要もなく、創造力だけで、内なる旅ができたんだろうな。
今日は、湿度も低く、吹く風が気持ちいい。秋の虫が鳴いている。
イギリス海岸
イギリス海岸。水量が多い

イギリス海岸の近くに咲いていたヒマワリ
イギリス海岸の近くに咲いていたヒマワリ。後ろの白い花はコスモスだ

成島毘沙門堂の入口
成島毘沙門堂の入口

宮沢賢治の詩碑
宮沢賢治の詩碑。「拝観のしおり」から

次は、どうしようか。ツーリングマップルを眺めていると、毘沙門堂という文字を発見。「見仏記」(いとう せいこう・みうら じゅん、角川文庫)で読んだが、確か、ここには、巨大な毘沙門天の像があった筈。前から見たいと思っていた。行ってみよう。
途中、新渡戸記念館なるものの脇を通りつつ、しばらく走って、現地に到着。ここまで、結構な急坂を登ってきた。意外と山奥にあるな。駐車場に、車はない。
参道を登って境内に入っていくと、山の斜面に様々な建物がある。上の方では、おじいさんが掃除をしている。唯一、人の気配。
三熊野神社を通って、先にある毘沙門堂に入ってみるが、ここには、毘沙門天はいない。さらに、斜面を上がっていくと、宮沢賢治の詩碑があった。初めて見た詩だが、これが、変わっている。アナロナビクナビって何だ?その場では分からなかったが、 自宅に帰ってからネットで調べてみると、法華経にある毘沙門天の神呪とのことだ。リズム感がおもしろい。賢治らしいなぁ。
収蔵庫の入口で、先程、見掛けたおじいさんに、入場料を払う。ご苦労様でございますというようなことを言われたが、自分は、信仰心があって来ているわけでもないので恐縮してしまう。
おじいさんが先に行って、収蔵庫を開けてくれた。靴を脱いで中に入ると、おぉー、でかいー。大きいとは聞いていたが、こんなだとは。高さは、5m近くあるらしい。これが、一木で造られているというのだから、またまた、驚いてしまう。おじいさんが、案内のテープを掛けてくれたのだが、聞くとも聞かないともという感じで、毘沙門天を見上げる。大きさのせいか、精密さはあまり感じられないのだが、とにかく、迫力がある。それにしても、さっき見た毘沙門堂に、このサイズのものが収まっていたのが不思議。はみ出すような気がするな。
足元を見ると、ちょっと日本人離れした顔の人間らしきものが、毘沙門天に踏まれている。地天女というらしいが、これがエミシの象徴で、毘沙門天は朝廷か坂上田村麻呂を表しているのかなぁ。ちょっと、複雑な気分。が、「みちのく古仏紀行」(大矢邦宣、河出書房新社)によると、この毘沙門天は、正確には、兜跋毘沙門天と言って、地天女が、毘沙門天を支えて、地中から湧き出させたところを表しているとのこと。ならば、まぁ、いいか。
毘沙門天の両脇にも仏像があるのだが、特に左側の伝吉祥天立像は、赤みを帯びた木目が美しい。彫りも繊細で、毘沙門天の迫力とは反対の秘めた美しさがある。
貸切だったこともあり、床に座り、ゆっくり眺めた後、収蔵庫を出る。はー、満足です。
帰り際、おじいさんと話をすると、今年の暑さは、この辺りでも異常だったとのこと。おじいさんの記憶にもないようなことを言っていた。
ここは、他にも、子供の泣き相撲や、病気平癒のために毘沙門天に味噌を塗りつける風習だとか、いろいろな要素があって、興味深いところでした。
さて、もう少し時間がある。次はどうしようか。宮沢賢治系の施設があるから、それかな。おっと、でも、萬鉄五郎記念館があるぞ。萬鉄五郎は、斎藤純の文章に時々出てくる人で、以前から気になっていた。こっちに行ってみよう。
現地の周辺は、ごちゃごちゃしていて分かりにくかったが、釜石線の下をくぐって、少し走って、到着。こちらの駐車場は、結構、車が多い。途中の案内の看板にもあったのだが、宮沢賢治展をやっているようだ。この辺りは、どこに行っても賢治だね。
美術館の入口には、場所に似つかわしくないおじさんの集団がいる。どういう人達なんだろうと思いながら、入口に近づくと、建物に入っていく。見学するのか。自分も、後に続く。
入場料を払うと、受付の人に、順路は1階からですというようなことを言われたのだが、先に進んだおじさん集団のうるさい喋り声が響いている。これじゃあ、絵も何もあったものではないので、先に2階に行くことにする。
2階の部屋に入ると、いきなり、萬鉄五郎の絵が展示されていた。印象派のようなキュビズムのようなフォービズムのような絵が並んでいる。絵毎に作風が違うので、なんか、よく、分からんなと思いながら移動すると、一目で棟方志功と分かる作品があった。よく見ると、賢治の「雨ニモマケズ」を彫った版画で、文字の周りに、仏様や装飾模様がビビッドな色と共に散りばめられている。不来方板画柵という作品名だが、これに、見入ってしまう。雨ニモマケズの詩は、人のために生きたい、デクノボウと呼ばれてもいいという、昨今の風潮とは全く相容れない地味な内容。こういう詩とビビッドな色使いに、一見、違和感を感じる。でも、よくよく考えれば、本来は、こういう生き方にこそ、仏様は慈悲を与えられるということだろうな。ということは、最初に違和感も持った自分が、いかに、資本主義の精神に毒されているということか。いかんのぉ。
先には、賢治の童話を、現代の作者が絵で表現した作品が展示されている。結構な種類があって、スロープの壁も使って1階まで続いている。読んだことがない話が結構あるなと思いながら眺める。中でも、北見隆の「楢ノ木大学士の野宿」の絵が一番よかった。作品の摩訶不思議な夢の世界と透明感が、よく表されていると思う。
1階まで降りると、賢治の生涯に沿って、書簡や原稿等の展示品が並んでいる。賢治自身が描いた絵も幾つかある。おっと、その中に、「月夜のでんしんばしら」があるではないか。そうそう、今年のゴールデンウィークの相ノ沢キャンプ場で思っていたのは、この絵だよ。解説によると、原画は戦争で失われてしまって、展示されているのは、原画の写真への彩色とのこと。まっ、でも、幻想的で、好きな絵だな。他に、雨ニモマケズが書かれた手帳は、展示期間が終わってしまったようで、複製品だった。ちょっと、残念。
さて、もう一回、全体を一巡して、入口まで戻ってきた。いい企画だったので、目録を買おうかどうか迷う。これが、やたら、分厚いのだ。まぁ、でも、運ぶのはオートバイだからいいか。
隣の建物では、銀河鉄道の夜を映像化したものが上映されていたので、一応、それを見てから、オートバイに戻る。そういえば、萬鉄五郎のことは、なんだか、よく、分からなかったな。まっ、いいか。
空は曇っているが、明るく、雨は降りそうもない。時間は12時を過ぎている。仕方がない、そろそろ、帰るか。その前に、北上市内で、昼ご飯を食べておこう。
途中、道路工事のダートにあたふたしたりしながら、国道4号線に出て、南下していると、脇の細い道から、丁度、白バイが出てきた。10秒早く通っていたら、知らないうちに、後ろに付かれていたかも。よかった、よかった。
沿道の適当なラーメン屋を見繕って、店に入る。カウンターには、営業と思しきサラリーマンが多い。漫画を読みながらラーメンを啜っている。今日は平日だもんな。
無難なラーメンを食べた後は、4号線を、また、南に向かう。が、東北道のインターへの交差点を幾つか通り過ぎて、水沢まで来てしまった。うーん、まだ、帰りたくないんだよなぁ。もう一ヶ所、どこか、寄るところはないかな。毛越寺には行ったことがないなぁ。おっ、道路上に黒石寺とある標識を発見。ここも、確か、「見仏記」に出ていた寺だよな。よし、寄ってから帰ろう。
萬鉄五郎記念美術館の宮沢賢治展
萬鉄五郎記念美術館の宮沢賢治展

宮沢賢治展の目録
宮沢賢治展の目録。分厚い

黒石寺の本堂
黒石寺の本堂
黒石寺の駐車場には、ほとんど、車がない。オートバイを停めて、境内に向かうと、先程の毘沙門堂とは違って、割と規模が小さい。本堂に向かうと、中に、仏像があるようだ。が、覗き込んでも、暗くてイマイチよく分からない。と、隣にある小さな建物から、ぞろぞろと人が出てきた。10人以上いる。中に、寺の関係者と思われる女性がいて、寺の案内をしているようだ。ラッキー、後で、仏像のことを聞いてみよう。
女性に引き連れられた集団は、本堂の中に入っていく。境内をぶらぶらしていると、女性の説明が聞こえてくる。が、どうも、説明というよりは、法話という感じ。ということは、あの女性が住職なのかな。
法話がなかなか終わらない。しびれを切らして、本堂に行ってみる。他の参拝客が、中まで入っていくので、自分も、靴を脱いで、後に付いて入ってみる。が、相変わらず、薄暗いのと、仏像まで近づけないので、よく分からない。法話も、まだ、続きそう。時間は、もう、2時過ぎ。いつまでも、待っているわけにもいかない。仕方がない。もう、戻ろう。
帰り際に、隣の小さな建物に寄ってみると、鍵が刺さったままになっている。失礼して、ちょっとだけ、扉を開けさせて頂くと、仏像が座っているのが見える。が、こちらも、暗くてよく分からない。もう、いいや。不完全燃焼だが、前もって、調べていない自分も悪いしね。ちなみに、帰ってから調べると、薬師如来坐像だったようだ。
東北道までは、北上川の東岸を走り、橋を渡って、平泉前沢インターに入る。空模様からすると、雨は、しばらく、大丈夫そうだ。
仙台を過ぎて、菅生サービスエリアで休憩。交通状況を示す掲示板によると、この先は、雨のようなので、おみやげを買って、雨対策も念入りに行う。
が、その後は、思い出したように、パラパラと降られるだけで、まとまった雨には当らない。前線は、南下してしまったのか。
このまま逃げ切れるかなと思っていたが、埼玉県に入ると、進行方向の空に、稲妻が青白く光っているのが見えてきた。掲示板によると、首都高には、速度制限が出ているらしい。うーん、大雨なのかなぁと思いつつ、浦和料金所の辺りまで来ると、もの凄い雨が降ってきた。バチバチと雨粒が痛い感じ。先もよく見えず、50Kmくらいで、徐行をする。せっかく、ここまで、大して降られないで来たのに、家の近くまで来て、こんなに降られるとは。
結局、駐車場には、9時頃に到着。が、その頃には、雨はやんでいた。なんだかなぁ。
オドメーターを見ると、2,000Km弱走っている。あー、くたびれた。テントも濡れているし、雨の後始末が面倒だなと思いながら、荷物を解くのだった。
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