BMW R1150GSで行くツーリング

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BMW R1150GSで行く初春の四国・中国ツーリング
【3月28日(水)】
当日のルート(広島市内〜福岡市内)
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ホテルの窓から空を眺めると曇っている。もう、雨の中は走りたくないが、テレビの天気予報によると、今日は晴れるらしい。
ホテルを8時半頃に出発。ロビーは仕事の人で一杯だった。
さて、広島市内といえば、原爆ドームに行ったことがないので、前を走るだけでもしてみよう。が、市内の詳しい地図がないので、路面電車の行き先に原爆ドームとあるのを見付け、それらしき方向に適当に進んでみる。市内は、ちょうど、出勤時間帯で、スーツを着た人達がせわしげに歩いている。自分も、来週からは、あの中に戻るんだ。
適当に走った割には、スムースに、原爆ドームの前を通過。建物には、原爆の威力が、生々しく残っていた。
国道2号線を西に向かう。今日は、周防大島経由で福岡を目指す。気温表示板は10度とあり、少し、寒い。まぁ、まだ、3月だもんな。
2号線は、しばらくは、有料道路のような高架になっており、渋滞もなく快適。途中のサービスエリアで、朝ご飯にソバをすする。そういえば、今回は、結局、うどんは食べなかったなぁ。
そろそろ、オイルを追加しようとメーターを見ると、1,000Km程走っている。点検窓によると、大体、300ccくらい消費したようだ。予定通り。減った分だけ追加をしておく。
道路が海岸に出た。曇り空で、瀬戸内海はどんよりしている。本当に晴れるのだろうか。
少し走って、宮島へのフェリー乗り場に寄ってみる。が、今回は、時間がないので、本州から眺めるだけ。有名な大鳥居は、もう少し、大きく見えるのかと思っていたが、遠くに、小さく見えるのみ。うーむ、島に渡って、近くから見てみたいが、仕方がない。
近くには、湘南ナンバーのV-Maxが置いてある。ここに駐車して、宮島までフェリーで渡っているのだろう。泥々に汚れているのは、昨日の雨の中を走ったからに違いない。
宮島の大鳥居
本州から見た宮島の大鳥居。撮った画像をかなり加工して、これ
道の駅「サザンセトとうわ」の近くの海
道の駅の近くの海。とにかく、きれいだ

下田八幡の社殿
宮本常一が子供の頃遊んだという下田八幡の社殿

柑橘の木
中学校近くにあった柑橘の木。みかん?

フェリー乗り場からしばらくは、かき料理の看板を出している店が続いた。
岩国で、海岸沿いを走る国道188号線に入る。しばらくは街中でペースも上がらなかったが、海岸に出てからは流れ出す。空は、だんだん、晴れてきたようだが、霞なのか、景色が白っぽい。
10時半頃に、本州と周防大島を結ぶ大島大橋まで来た。薄緑色で、想像以上に大きい。橋の上から海面を見ると、所々、潮が白く渦を巻いていた。
島に入ると、とりあえず、長崎という集落を目指す。宮本常一の生家があるところだ。近くに、宮本常一が子供の頃遊んだらしい下田八幡という神社がある筈なので、それが目印だ。
島の北側の海岸沿いの国道を走るが、予想以上に、交通量が多い。島も大きいので、島っぽい雰囲気はない。が、海はきれい。沿道には、所々、みかんの販売所がある。空は、すっかり晴れ上がった。
島を20分程走ったが、どうも、長崎という集落は通り過ぎてしまったようなので、道の駅に入る。が、道の駅の施設は休み。こんなことがあるんだ。
この道の駅は海沿いにあるので、海まで歩いてみると、小型の船が2,3艘つないであるこじんまりとした港があった。港の中も外も、水の透明度が高い。もー、とにかく、きれい。きれいとしか言いようがない。底までハッキリ見えて、小魚がいるのも分かる。で、思った。釣りをしよう。所々、海藻が茂っているので、その近くならば釣れるかもしれない。
が、20分程で退却。いくら海藻があっても、自分のソフトルアーも含めて、海の中が丸見えだと、やっぱり、釣れる気がしない。
さて、長崎を探そう。オートバイを出して、来た道を戻る。と、すぐのところに、下田八幡を発見。なんだ、道の駅からすぐじゃん。オートバイを停めて、参道の階段を登る。階段脇にある家では、瓦のふき替えで、大工さん達が忙しそう。
境内は、誰もおらず、ひっそりとしていた。社殿は思っていたより豪華で、装飾の彫刻が凝っているように見える。「街道をゆく 27 因幡・伯耆のみち、檮原街道」によると、この島は出稼ぎが多く、その特徴として大工の技術があり、土佐で、神社や寺院を造っていたらしい。そういう人達が、自分の故郷に造るのだから、気合いが入って当然か。
境内には、反対側にも道がある。で、そちらに歩いてみると、階段があって、境内から外に出られる。階段の両側は、鎮守の森の常緑樹が豊かに葉を茂らせていて、ここだけ夏のようだ。
森を抜けると、民家と果樹園が広がっていた。青空の下、暑いくらいのポカポカ陽気。境内にいる時から、子供の声が聞こえるなと思っていたのだが、近くに、中学校があって、野球をやっている。なんだか、絵に描いたような、ほっとする景色だ。
歩いていると、道路脇の湿地帯のようなところで、光がきらめいた。よく見ると、何十センチか水深があるようで、小魚が自分の気配に反応して、逃げている。どんな魚かと思って、じっとして、沼を眺めていると、メダカのようだ。今や、絶滅の可能性もあると聞いたことがあるが、ここには、うじゃうじゃいる。時々、ばしゃっと大きな音も聞こえる。カエルかと思ったが、全く、影が見えない。大き目の魚かもしれない。ぼんやりと、メダカを眺める。あー、ほのぼのするなぁ。
ぶらぶらと適当に辺りを歩いていると、はっきりとした標識はないが、集落の掲示板にある文字から、この辺りが長崎らしい。が、特に、宮本常一に関係したものは無さそうだ。「宮本常一を歩く 下巻」(毛利甚八、小学館)によると、この辺りには、まだ、親族が住んでいるようなので、それも、当然かもしれない。まっ、宮本常一をネタに、のんびりと散歩ができたので、よしとしよう。
この島には、もう一カ所、行きたいところがある。島の南東にある沖家室島だ。地図を見て、ピンときた。島っぽい雰囲気がありそうだ。
ここ長崎は、島の北側に面しているので、南側に抜ける道を進むと、しばらくして、海岸沿いの集落に出た。後は、海岸に沿った1.5車線路を走る。今回のツーリングでは、散々走ったタイプの道路だが、海が一段ときれいな気がする。
前方に沖家室大橋が見えた。うっ、思っていた以上に遠い。そろそろ時間が無いので、一瞬、戻ろうかと考える。が、今度はいつ来れるか分からない。少し飛ばして先に進む。
沖家室大橋は想像以上に立派だった。正直、こんなところに、よく造ったなというのが、初めて見た感想だ。橋は真ん中が盛り上がった形をしているので、空に向かってぐっと坂を上ってから、ぐっと下り、島に入っていく。
ひやー、海がきれい。橋のたもとが砂浜になっているのだが、今回、見た中で一番きれいだ。ここは、どこの南の島?
道なりに走っていると、集落に来たので、オートバイを停める。目の前が漁港なのだが、港の中まで、海が青い。家並みは、こざっぱりしていて、気持ちいい。春の心地いい空気の中、おばちゃんが二人で立ち話をしている。ネコがぼちぼち歩いている。堤防では、のんびりと、釣りをしている人がいる。
あー、幸せ。他に、何にも要らないという感じ。生きているっていいなぁ...
さて、まだ、先に行けるようだが、時間がない。戻るとしよう。
来る時は気がつかなかったが、途中、駐在所があった。「離島のお巡りさん」みたいなテレビのドキュメンタリーのネタになりそう。なんて思ったのだが、実際、なっていた。帰ってから調べたのだが、「大往生の島」という本が、この島のことを扱っている。10年程前の本で、当時のデータでは、沖家室を含む東和町は高齢化率が日本一で、沖家室はその中でも高齢化率が飛び抜けて高い集落だった。宮本常一のルポルタージュを書くための調査で島を訪れた筆者は、そんな環境にいる老人たちが、お互いに助け合いながら生き生きと生活し、そして、従容として死におもむいていることに感銘を受け、この島のルポとして本書を書いたらしい。そして、駐在所がテーマではないようだが、このルポに基づいたテレビ・ドキュメンタリーもあったと書かれている。
沖家室大橋のたもとで、オートバイを停める。あまりに海がきれいなので、写真を撮っておこう。
砂浜では、二人の男の子が遊んでいる。兄弟だろうか、年上の子がデジカメで写真を撮っているところを見ると、春休みで、おじいちゃん・おばあちゃんの家に遊びにでも来ているのだろうか。
それにしても、本当に、海がきれいだ。もう、何度も、思ったけど、やっぱり、そうとしか思えないし、そうとしか言えない。これ以上、どうしたらいいのだろう。橋も、なかなか、景色に合っているじゃないか。
沖家室大橋の開通には、宮本常一の大きな尽力があったらしい。そして、「大往生の島」に、こうある。
「島の古老の一人は開通式の挨拶で、「待ちました。待ちました。この日を私たちは心の底から待ちつづけました」といって声をつまらせ、あとは言葉にならなかった。」
初めて橋を見たときは、正直、こんなところに、こんなもの造ってどうするのかとも思った。が、今では、離島をつなぐ橋は、単なる経済的投資対効果だけで、その可否は測れない気がしている。
宮本常一は、辺境を歩き、独自の文化を見いだし・肯定して、そこに暮らす人々を励ました。離島に橋を架けることも、その一環だろう。
もともと、この島は漁業が盛んで、幕末時には、この狭い島で人口が3千人を越えたという。そして、明治に入ると、瀬戸内海でも指折りの遠洋漁業基地になり、その延長で、海外にも分村を造り、また、移民も多かった。そんな海洋民としての進取の気性や子供たちが島外に出ていくのが当然の環境が、老人の自主性と相互扶助の精神を育てた。
こういう歴史的・文化的背景が、著者に一冊の本を書かせる程の老人たちを生み出し、また、日本の高齢化社会を考えるための貴重な事例にもなった。そういう点では、宮本常一の思いは、ある程度、結実したように思われる。
一方、橋のせいで、島外の悪しきものが流入したり、また、人口流出に拍車がかかったという皮肉な現実もあるとのことだが、それは結果論だと思う。もし、橋がなければ、既に無人島になっている可能性もあったのではないか。
なので、橋を掛けさえすれば全て解決というわけではない。「島へ」(高田宏、小学館文庫)の周防大島の章には、宮本常一が、橋ができてから取組まなければならない、ソフト面も含めた様々なことを気にかける様子が書かれている。本来、公共事業というものは、そのような取組みと合わせて考えるべきで、そうでないと、誰のための事業なのか分からなくなり、だんだん、おかしなことになってくる。実際、右肩上がりの成長期には見逃されてきた、そのようなことが、時代が変わった近年になって隠しきれない問題となり、破綻が始まった。
宮本常一の先見の明は凄いよなぁ。
沖家室島の州崎の漁港
沖家室島の州崎の漁港。港の中まで海が青い

沖家室大橋
沖家室大橋。砂浜の海がきれいなこと

BMW R1150GSと沖家室大橋
GSもうれしそう

大島大橋の上からの景色
大島大橋の上からの景色。橋の骨格は薄緑色をしている
時間がない。今日は、5時に、福岡でオートバイを預ける段取りになっている。もう、1時前だ。この辺りは、地理感がないので、よく分からないが、地図を見ていると、ちょっと、やばい気もする。
少し急いで、大島大橋まで来た。島に入るときもそうだったが、工事で片側通行になっている。信号待ちが長いので、オートバイに跨がったまま、写真を撮ったりする。もう、潮は巻いていない。
自分が、どういう経緯で、宮本常一を知ったのかは憶えていない。だけど、彼を好きなのは、やっぱり、その旅にあるのだと思う。
宮本常一は、民俗の採集や各地の人々の生活向上のために日本中を歩き回り、人生そのものが旅のような生活を送った。そんな自分の出自として、「周防大島を中心としたる海の生活誌」(宮本常一著作集 38、未来社)に、周防大島に関して、次のようなことを書いている。
「もう一つ島の人を出歩き好きにしたのも、海の力が大きかったようだ。少し高い所へのぼれば、南の海も北の海も見えた。そうして海の彼方には山が重なりおうて、晴れた日などはその山の彼方が心をひいた。夕方山からの帰るさ道伴になった近所の男をさそって、海の向こうの宮島へまいることを計画し、ついでにもう一人をさそって、夕飯をすまして、船で夜をこめて出かけ、宮島へまいり、ついでに広島へ足をのばし、ここまで来たのだからといって出雲まで歩き、帰りは備前をまわって来た、というような気軽な旅をする者がいく人もいた。私の父なども山で仕事をしていたのが思い出したようにかえって来て、母に着物を出させ、天気がいいからと言って、そのまま大阪の方まで遊びに来ることがよくあった。」
うーん、格好いい、かっこういいではないか。
島を出てからは、海岸沿いの国道188号線を走る。内陸に向かい、最寄りの山陽自動車のインターに向かう方法もあったが、やっぱり、それはつまらない。
左側に瀬戸内海を見ながら走る。海が、太陽に、キラキラ輝いている。タンカーのような形なのだが、それ程大きくない船が行き交っている。自分が持っている瀬戸内海のイメージそのものの景色だ。
結局、徳山東インターから、山陽自動車に入った。標識にある北九州までの距離を見ると、どうやら、間に合いそうだ。
が、この高速道路は曲がりくねっていて、上り下りも大きい。高速道路とは思えないぞ。
その後、中国自動車道と交わり、関門海峡を渡る。
そういえば、結局、今回のツーリングの後半は橋巡りのような内容になった。なので、関門橋は、その総括だ。そう思うと写真が撮りたくなり、橋を渡った直後の門司港インターで降りた。が、なかなか、撮影ポイントに辿り着けない。おまけに、火事でもあったのか何台も消防車が停まって、騒然としている現場に来てしまい、スピードもあがらない。イライラする。で、急坂を登り、結局、和布刈公園というところまで行って、写真を撮った。
やばい、やばいぞ、間に合わん。門司港インターまで急ぐが、がーん、このインターは福岡方面には行けないではないか。地図を見て、急いで、下り方向の次の門司インターを目指し、そして、高速道路に入る。
が、交通量が多く、スピードがあがらない。おまけに、北九州から福岡が意外に遠く、このままでは、ガソリンが足りない。ムムム...
仕方がないので、途中のサービスエリアに入り、給油をした後、預け先に電話をして、少し遅れそうなことを伝えておく。
結局、約20分遅れで到着。オートバイを預けて、ほっと、一息。今回は、1,400Km程の行程だった。思ったより走ったな。
預け先は、壱岐・対馬や五島列島行きのフェリーターミナルのすぐ脇にあったので、ターミナル内のトイレで、髪を整える。北海道でもそうだが、オートバイから飛行機に乗り換えるときには、髪の毛ボサボサで埃だらけでの自分が気になってしまう。
ターミナルの待合室は、まだ時間が早いのか、ぱらぱらと人が待っているだけで閑散としている。あー、このまま、自分もフェリーに乗って、島に渡ってしまいたいなぁ。
今夜は、念のため、9:30過ぎの羽田行き最終便をとったので、まだ、時間の余裕がある。晩ご飯を食べてから帰ろう。ここから、福岡の中心街までは歩いてそれ程でもないようだ。ぶらぶら歩いてみる。が、もう、初夏のような陽気。歩いていると汗をかいてしまう。
福岡は2度目でよく分からないので、迷ったあげく、中州の寿司屋のような居酒屋のような店に入る。正直、あまりいい店ではなかったけど、鯛わたと鯛茶漬けがうまかった。東京で食べる鯛茶漬けがまがい物だということがよく分かった。あと、最初に刺身も食べたけど、日本酒がいまいちだったのでたのんだ焼酎の伊佐美がよく合った。なる程ねぇ、焼酎で刺身というのもいけるなぁ。
早めに店を出て地下鉄で空港に向かう。おみやげを物色しながら、北海道に比べるとイマイチだなぁと思いつつ、適当に買って飛行機へ。
はー、今回のツーリングも終わってしまった。窓から空港の明かりを眺めながら、これまでのシーンをぼんやりと思い出す。機内はガラガラだ。

次に気がついたのは、羽田に着陸した振動でだった。

和布刈公園からの関門橋
和布刈公園からの関門橋。今回の橋巡りの総決算

壱岐・対馬、五島列島行きのフェリーターミナル
フェリーターミナル。このまま、また、島に渡ってしまいたい

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