BMW R1150GSで行くツーリング

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BMW R1150GSで行く秋の東北キャンプツーリング
【10月14日(土)】
当日のルート(山形JC〜飛の崩キャンプ場)
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「これよりみちのく」。この標識を見ると、東北に来たんだなぁという気分になる。
ここは、東北道の白河インター近辺。今日は、またもや、鳥海山近辺に向かう予定。前日の天気予報だと、東北は晴れの筈だが、これまでは、所々、青空が覗いているだけで、曇りがちの状態だ。
道路は、少し渋滞があったが、ほぼ、順調。なので、距離は気持ちよく延びる。でも、最近は、めっきり日の出が遅くなったので、なんとなく、だらだらしてしまい、出発時間が、6時半頃と遅めだった。
山形道へと分かれる村田ジャンクションを通過したのは、11時前。ここまで、気温表示板は、低いところで14度とあり、ちょっと寒いかなという程度。
東北道沿道は、所々、刈り取り直前の田んぼの黄色に彩られて、きれいだった。
山形道に入ってからの峠では、雨が降りそうな曇空だったが、越えて山形市内に出ると、快晴。天気予報は当たってくれた。気分も盛り上がってくる。
市内を抜けると、月山が見えてきた。周辺では、籾殻を焼いているのか、煙の匂いがする。秋だなぁ。
いつもの通り、月山インター直前の月山湖パーキングで停まって、写真を撮った。が、自宅に帰ってから、写真を整理していて、改めて、思った。どれが、月山なのだろう。
右上の写真なのだが、山が三つ写っている。自分は、月山の山容が、「お椀を伏せたよう」であると、どこかで読んだ記憶があったので、真ん中の山が月山だと思っていた。特に、ゴールデンウィークに撮った冠雪した写真では、この山は、さらに、お椀を伏せたように、なだらかな形をしていた。が、今回の雪のない写真を見て、右側の山の方が高いことが気になった。で、景観をシミュレートできるソフトで、この景観を再現すると、どうも、一番右の山が月山のようだ。今まで、月山と思っていた山は、姥ヶ岳になるらしい
月山には、是非、一度、登ってみたい。
月山周辺
どれが月山?

数値地図ビューアで作成した月山周辺の景観
Mac用のソフト「数値地図ビューア」で作成した月山近辺の景観。
山名は書かれていないが、一番右の山が、月山らしい

湯殿山本宮の鳥居
湯殿山本宮の鳥居

湯殿山周辺の紅葉
周辺の紅葉

月山インターで降りた後は、湯殿山に向かう。以前から興味があったのだが、いつも、この周辺を通るのは、ゴールデンウィークだったので、雪に埋もれていて、行きたくても行けなかった。
湯殿山に登る道路は、オートバイが\200の有料道路だった。料金所のおじさんに、お参りできるかを聞いた上で、走り出す。湯殿山は、未だに、本宮周辺域が撮影禁止とされており、いきなり、何の準備もなしで行って、参拝できるかどうか分からなかったのだ。
途中の道路は、気のせいか、東北らしい、何かの気配を感じるような雰囲気だった。
が、駐車場に到着すると、そこは、ごく普通の観光地という感じ。なんだか、拍子抜け。と、思っていると、本宮は、もっと、上にあるらしい。この駐車場と本宮を結ぶバスが出ていて、所要時間は、5分とある。せっかくなので、バスに乗って本宮まで行くことにする。
バスは、意外と混んでいた。が、乗客は、じいさん・ばあさんばかり。他は、家族連れが少しいるだけで、一人でいる自分は、完全に浮いている。自分は、もう、立派な中年なのだが、このバスの中では若造という感じだ。
細く曲がりくねった道路を登って行くと、本宮のバス停に到着。この道路は、一般車は通行できないが、確かに、開放できるような道ではない。降りて、辺りを見ると、一部、色づいている木もあるが、紅葉には、まだ、少し早いようだ。
本宮に近づくと、月山へ向かう登山道があった。自分が湯殿山を知ったのは、多分、奥の細道でだったと思うが、芭蕉は、この道を歩いた筈だ。月山経由でここまで来て、

語られぬ 湯殿にぬらす 袂かな

という句を読んでいる。
梅原猛は、「日本の深層 縄文・蝦夷文化を探る」(集英社文庫)で、芭蕉のこの句を、以下のように解釈している。
「心の底には、多くの語られぬ秘密がある。人間が生きていることは、様々な罪を犯すことである。おのれの犯した罪のために、命を奪われぬまでも様々な不幸に陥った人があろう。伊賀の芭蕉の里には、多少スキャンダルめいた芭蕉の恋物語が残っているが、ここにきて芭蕉は、あるいはそのような死んだかつての女を思い出し、その霊をなぐさめようとしたのかもしれない。ここはやはり死霊の山なのであろう。死霊の存在を強く感じさせ、生きていることに罪障を感じさせる山なのである。」(適宜、要約)
実際に現地を訪れてみると、この文章がしっくりくる気がするのだが、芭蕉の句にも、「語られぬ」とある通り、ここ湯殿山中の詳細を他人に話すことは禁じられている。本文中には、「筆をとどめてしるさず」ともある。従って、自分も、これ以上のことを書くのは止めておこう。
ただ、一言だけ感想を書くと、つくづく、「東北的」なところだなと思った。なので、東北的という言葉にピンとくる人は、行ってみる価値があると思う。
ちなみに、芭蕉は、一泊二日で、羽黒山を出発して月山に登った後、ここ湯殿山本宮に参詣し、再び、月山経由で、羽黒山に戻っている。恐るべき体力。

下山した後は、旧道の六十里越街道で、酒田方面へ向かう。1.5車線の典型的な山道だが、道路脇には、立派なブナ林が広がっていた。新緑の季節に来たら、さぞかし、気持ちがいいだろう。
しばらく走ると、集落に出た。田麦俣というらしい。いかにも、「田舎」という言葉が相応しい雰囲気で、なんだか、懐かしい感じがする。
熊谷達也の「迎え火の山」(講談社文庫)は、この周辺を舞台にしたミステリー小説だ。ただし、ミステリーとは言っても、後の「邂逅の森」に通じる、アニミズム的というか原始的というか本来的というか、そういう自然の匂いがぷんぷん漂っている。また、著者はライダーでもあるので、オートバイに関する記述もあり、例えば、ニュートラルにしたままオートバイを停めて倒してしまうといったリアルな文章が書かれている。
この作品には、麦畠という地名が出てくるのだが、他に出てくる実在する地名を合わせて考えると、ここ田麦俣が麦畠に当たるように思われる。また、周辺には、そういった地名もないようなので、田麦俣をイメージしながらも、その中から麦の一字を使って、創作した地名なのかもしれない。
高速道路を使って、一気に、酒田の市内まで入った。出発した時間が遅かったので、もう、2時半を過ぎている。
市内では、今年のゴールデンウィークのツーリングの時にも来た木川屋さんに寄る。
お店に入ると、ご主人が、自分のことを憶えていてくれた。なんだか、うれしいなぁ。今夜は寒いかもしれないので、お燗に向いたものを教えてもらうと、初孫の山田錦純米を寝かせたものがオススメとのこと。それと、もうひとつ、自宅用に、羽前白梅の俵雪で亀の尾を使った純米吟醸を選んだ。これは、秋上がりで、冬に醸した酒をひと夏寝かして、秋に出荷したもの。似たような言葉で、「ひやおろし」というのもあるが、いずれにしろ、秋の季節のお酒ということになる。旨そう、ヘヘヘ。
六十里越街道沿いのブナ林
六十里越街道沿いのブナ林

飛の崩キャンプ場でのんだ初孫
その日、キャンプ場でのんだ初孫

仁賀保の神の湯
仁賀保の神の湯

仁賀保の夕陽
仁賀保の夕陽

さて、後は、キャンプ場に向かおう。いつもならば、三崎公園キャンプ場なのだが、今日は、まづ、飛の崩キャンプ場を目指す。本サイトからもリンクを張らせて頂いている温泉とど!さんのページで知ったのだが、三崎公園キャンプ場から北に向かって20Km程の金浦にあるらしい。なので、もし、気に入らなければ、三崎公園キャンプ場まで戻ればいいや。
金浦市街には案内が無いので、少し迷ったが、港に出て、海岸線沿いの道路を北に向かって走っていると、発見。早速、オートバイを停めて、行ってみる。ここのサイトは丘の上にあるので、駐車場から少し坂道を登ることになるのだが、行ってみると、げっ、7,8人だろうか、バーベキューをやっている。サイトが狭いので、ほとんど占領されてしまっている感じだ。これは無理かなと思いながら、横目で観察していると、おっ、テントは張っていないぞ。ということは、日帰りだな。夜になれば帰るだろう。というわけで、今はテントは張らずに、風呂と買出しを済ませて、戻ってきてからにしよう。うまく行けば、もう、帰っているかもしれない。
仁賀保方面に大きなスーパーがあった筈なので、風呂は、ツーリングマップルに載っている仁賀保の神の湯を目指す。10分程で仁賀保に到着して、街中をうろうろしていると、昨年のゴールデンウィークに来た「キッチンさかなやさん」があった。が、今日は、寄るタイミングではない。なかなか見つからないなと思いながら走っていると、ありました。標識も無く、外観も特別に目立つわけではないので、これは、間近に来ないと分からないな。
オートバイを停めて、準備をしていると、近所の人が、ちらほらと入って行く。観光客というよりは地元の人向けの温泉のようだ。ドアを開けて中に入ると、ちょっと懐かしい感じの昔ながらの銭湯の雰囲気。番台には、おばあちゃんが座っているのだが、最初、人がいるのに気がつかなかった。あまりにも、溶け込んでいる。何十年もここに座っているような、もう、この温泉の一部になっている感じだ。
温泉は黒いお湯で、浴場の壁の絵は、この辺りらしく、新緑の鳥海山の写真がどーんとあった。風呂を出て、待合室で休んでいると、目の前のイスには、また、別のおばあちゃんが何をするでもなく、じっと座っている。毎日、ここに来て座っているのが日課なのだろうか。番台は、おばあちゃんから、別の女の人に変わっていた。娘さんかな。
外に出ると、空が夕焼けている。はー、さっぱりした。それにしても、この温泉は、掃除が行き届いていて、埃ひとつ落ちていない感じ。とても気持ちよく過ごせました。
海岸沿いの道路に出ると、夕陽がきれいに落ちている。写真を撮っていると、犬の散歩をしているおばさんが来たのだが、夕陽なんて、全く気に掛けていない様子。まぁ、毎日見ていると、そんなものなんだろうね。
さて、次は、スーパーを探すと、マックスバリュを発見。東北には、本当に、どこにでもあるスーパーだ。
象潟のマックスバリューはイマイチだったので、あまり期待していなかったが、ここは、地の魚も結構売っており、見ていて楽しい。が、丸ごと一匹は食べられないので、毎度の通り、惣菜を幾つかと蕎麦、明日の朝ご飯を買う。蕎麦は山形産だった。
結婚して、自宅で料理をするようになってから、キャンプのご飯は、簡単に済ますようになった。以前は、米を炊いたりしていたんだけどねぇ。
キャンプ場への帰り道は、大分、暗くなっている。秋の日は、落ちるのが本当に早い。
刈り取りの終わった田んぼの近くを走っていると、懐かしい匂いを感じた。うまく説明できないのだが、枯れ草の匂いというか、子供の時に、秋から冬を迎える頃、冷たくて、鼻の頭や指先をじんじんさせながら家路を急いだ時に感じた匂い。秋というよりは、もう、冬を連想させる匂いだった。
飛の崩キャンプ場に着いた時は、太陽は沈み、西の水平線近くに、辛うじて、赤い空が残っているだけだった。さて、連中は帰ってくれたかなと思いながら、坂を登ると、まだいる...。でも、人数は減っているようだ。まぁ、仕方ないので、サイトの端にテントを張る。
荷物をテントに放り込み、ビールを一杯。うっ、テントを張っている間に、ちょっと、ぬるくなってしまった。でも、旨いねー。
が、このキャンプ場は、地形が、岡の頂上部分を削って、壁になるように周辺を残したまま、中心部分を掘り下げたような変わった形をしている。なので、端にいると、壁に囲まれているようで、イマイチ、開放感がない。なんか、圧迫感があるなぁと思いながら、あの連中がいなくなるまでの我慢と思いつつ、日本酒を開ける。今夜はそれ程寒くないので、燗にせず、初孫を進めた。
うー、なんだか、だんだん、腹が立ってきたぞ。なんで、わざわざ、こんなに遠くまで来て、こんなに狭苦しいところでのんでいるのだ。自然と、ペースが早くなる。
が、連中は、そろそろ撤収の雰囲気。大量に火を燃やしている。センスないよなぁ。
さて、ようやくいなくなった。静かになった。が、ここでのんでいると、やっぱり狭い感じがするので、開放感のある場所まで、テントをずるずると移動する。
もう、夜なので海は見えない。金浦市街の明かりを見ながら、酒をのむ。いつも思うのだが、海岸沿いのキャンプ場では、明るいせいか、期待した程、星は見えない。淡く、天の川が見えるだけ。が、酒も進み、段々、いい気分になってきた。
ひたひたと波音が聞こえる。ススキが風になでられて、さらさらと音をたてている。虫の音は、もう、終わりかけで、もの寂しい。
あー、いい気分。野宿っぽい、この孤独感はいいな...
飛の崩キャンプ場の駐車場からの夕空
夕陽はほとんど終わってしまっていた
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