BMW R1150GSで行くツーリング

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BMW R1150GSで行く2004北海道キャンプツーリング
【7月17日(日)】
今日も、またもや、暑い。キムアネップのキャンプ場と同じく、ここも日差しを遮るものがないので、太陽が出ると照られっ放しになる。バンガローの作る日陰で朝ご飯のパンを齧った後、出発。今日の目的地は尾岱沼のキャンプ場なので近いが、知床横断道路からの雲海を見たいので、少し早めに行動だ。
知床峠に近づくと、目の前に羅臼岳がどーんと聳えている。昨日は羅臼湖が目的だったので気が付かなかったが、凄い迫力。次にこの景色を見られるのはいつなのだろうか、惜しみながら峠に向かう。
知床峠の駐車場には、朝早いにも関わらず、数台の車が停まっていた。が、ここは、もう何度も来ているので、停まらなくていいだろう。
峠を越えて羅臼側に来ても、いい天気だ。宇土呂側と羅臼側では天気が全く違うことが多いが、今日は、どちらも晴れている。そのせいだと思うが、残念ながら雲海は出ていない。が、国後島はよく見える。
横断道路を下りきると、羅臼の街だ。ここは、2003年の冬以来。真っ白の世界だったのが嘘みたいに暑い。
と、ここで、閃いた。羅臼港に向かう。釣りをしよう。
港にオートバイを停めて準備をする。天気がいいので、日焼け止めも塗らないと。ここで釣りをするのは3,4回目だが、いつも曇って寒いくらいだった。こんなに晴れているのは初めてだ。
白色のソフトルアーを付けて、堤防の壁ぎりぎりに落とす。底に着いたら、トントンと魚を誘う。少しづつ移動しながら、これを繰り返していると、ググっと当たり。上げると、カジカだ。この魚は見た目はよくないが、鍋にするとうまいらしい。が、鍋をやる予定はないので、リリース。その後も、カジカとソイがポツポツ釣れる。
時々、漁船が港に戻ってくる。ちょうど、漁が終わる時間帯なのだろうか。
最後に、大きいカジカを釣り上げて、終了。2時間ほどだが、飽きない程度に釣れるので楽しめた。
知床横断道路からの国後島
国後島

羅臼港のソイ
ソイ

羅臼港のカジカ
うー、釣られちまったー(カジカ)
尾岱沼に向かっている。羅臼と標津の間は、人の気配が少なく、何度来ても、荒涼とした感じを受ける。
標津を通過して、野付半島へと分岐する交差点を通り過ぎた。野付半島は、2年前に来たので、今回はパス。ちなみに、その時、おもしろいことがあった。
野付半島には、海水に浸食されて立ち枯れしたトド松が無数に立っているトドワラという有名な観光ポイントがある。そこまでは、半島の先にある駐車場から、往復で1時間程歩いたと思う。その時は朝早かったのだが、1人で歩いていると、向こうから何人かの人が歩いてくる。こんな時間になんだろうと思ったが、撮影機材のようなものを持っていたので、テレビの撮影か何かかなと思いながら、すれ違った。ここならば、自然関係のドキュメンタリーの撮影はありえるだろう。なので、その後は、それ以上特に考えないで散策を続けた。
その後、駐車場に戻って、来た道をオートバイで戻って行くと、前方に数十人の人だかりがある。野付半島に、こんなにたくさんの人がいるなんて、一体、なんだ、なんだ!?
スピードを落として通り過ぎると、なんと、そこにはバンドのGRAYがいたのだ。誰だかは分からないが、たくさんの人の中に知っているメンバの顔があったので間違いない。これで、さっきの機材の謎も判明。多分、ビデオの撮影でもやっていたのだろう。
それにしても、トドワラを使ったビデオ、見てみたい。
尾岱沼青少年旅行村には、昼前に着いてしまった。受付を済ませて管理棟の外に出ると、1人のおじいさんがベンチに座っていて、話しかけてきた。訛りが強く言っていることは半分くらいしか分からなかったが、今日は暑くなるだろうこと、別海町は場所によって5度くらい気温差があること、今日は中標津や別海の街は30度を超えるだろうこと、こんなに暑い日はみんな仕事はしない、というようなことを言っていた。
このキャンプ場は、野付湾に面していて、沖には、白帆を上げた漁船が浮かんでいる。北海シマエビ漁の船だ。なんとも、幻想的な景色。後で、写真を撮ろうと思いながら、テントを張る場所を探す。
海が近くよさそうな所があるのだが、そこは、管理人らしき人が草刈をしているので、遠慮して別の場所にテントを張る。
張り終わって、辺りを散策していると、芝刈りはもうやってない。しかも、どう見ても、そちらの方がロケーションがいい。で、我慢できなくなって、引越し開始。
が、テントを移動している間に、ブーンと音がして漁船が港に帰ってしまった。シャッターチャンスを逃した。くやしー。
移動してきたテントを張ろうとすると、管理人が戻ってきた。張るならば、その前に、そこだけ刈らせてくれとのこと。見ていると、自分のために刈ってもらっているようで、気分がいい。ヘヘへ
引越しも完了したので、尾岱沼の街に昼ご飯を食べに行こう。受付の時にもらった街のガイドに、地元の海産物がおすすめの「白帆」という店があったので、そこへ行くことにする。
店は、意外と混んでいた。メニューから、シマエビの天丼を頼む。シマエビは、ここが本場だからね。待っている間にも、次々に、お客さんが入ってくる。いいタイミングに店に入ったなと思っていると、天丼が来た。頭を取っていない、まるごとのエビがそのまま揚げてある。そんなエビが5,6匹入っていたかな。で、エビを頭からかぶりつく。思ったより柔らかくて、パリパリしていて、こうばしい。もちろん、尻尾の部分も、おいしい。うーん、これは文句なく旨い。
食べている間にもお客さんは入ってくるが、店の人のさばきがイマイチ。こういう地方の店には、よくあることで、自分はあまり気にならないけど、最後には天丼は1時間かかると言われて、帰った人もいたな。まぁ、でも、この天丼は、オススメです。
尾岱沼青少年キャンプ村
尾岱沼青少年キャンプ村。帰ってきたら、周りはテントだらけだった
日本の深層 さて、これから厚岸に向かおう。牡蠣が食べたいのと、この近辺は10年程来ていないので、久しぶりに行ってみたい。途中、別海を経由するつもり。別海にある加賀家文書館という施設に寄るためだ。
もともと、「加賀家」というキーワードを知ったのは、「日本の深層 縄文・蝦夷文化を探る」(梅原猛、集英社文庫)という本でだった。
幕末に蝦夷地に行き、アイヌの通訳をした加賀家伝蔵という人の関連文書が、秋田県の八森に残されていて、それが加賀家文書と呼ばれている。その中には、アイヌ語に関する辞書等の貴重な文書があるらしく、著者は、その実物を見るために現地を訪れていたのだ。
江戸時代のアイヌ語に関する資料が、八森のような田舎に伝えられているというのが不思議な気がして憶えていたのだが、2年前の夏に、今回と同じようにツーリングに来て、野付半島にあるビジターセンターのような施設に寄った際に、そこで、この加賀家文書館の存在を知った。加賀家伝蔵は野付半島で活躍していたらしく、関連資料や情報が、そこに展示されているらしい。それ以来、実は、2回、文書館に行ってみたのだが、どちらも休みだった。なので、今回が3回目の挑戦だ。
ちなみに、江戸時代、野付半島は国後島への交通の要所となり、また、鰊漁で栄え、「キラク」と呼ばれる街があったという。存在が実証されているわけではないようだが、そこには花街もあったとのことで、今の野付半島を考えると、幻のような話である。
標識に従って、適当に別海に向かう。今、自分がどこを走っているかよく分からないが、真っ直ぐな道ばかり。
別海の街に入って、文書館に行く。3回目なので、地図がなくても分かる。が、今日も休みだった。がーん。というか、要は、基本的に土日が休館日なんだよね。今日は、土曜日なので、当然、休み。いい加減、事前に調べとけって感じだ。でも、平日だと、今度、いつ来れるかわからないなぁ。
気を取り直して、厚岸に向かう。別海の街は、お祭りをやっている。別海の街中にもキャンプ場があるので、そこに泊って、お祭りをひやかすのもいいな、なんて思いながら通り過ぎる。子供たちが楽しそうだ。
釧路と根室を結ぶ国道44号線に出た。が、すぐに道を逸れて、北太平洋シーサイドラインを目指す。
シーサイドラインに入ってしばらく走り、海が見えてきたと思ったら、霧が出てきた。対向車がライトを点けているので、この先は霧が濃いのかもしれない。と、思っている間に、辺りは真っ白になってしまった。この周辺を走ったのは、10年程前だが、その時も、霧が出ていた。ただ、基本的には晴れているようなので、所々、青空が覗く。
休憩をしながら走っていると、霧多布が近づいてきた。霧多布は、11年前に近くのキャンプ場に泊ったことがあるので、懐かしい。寄ってみることにしよう。
キャンプ場を過ぎて、湯沸岬の駐車場に到着。そこから、岬まで歩く。青空が見え、海も穏やかだが、辺りは寂し気だ。
太宰治は、著書「津軽」の中で、青森県の竜飛周辺を歩いている場面で、「昔から絵にかかれ歌によまれ俳句に吟ぜられた名所難所には、すべて例外なく、人間の表情が発見せられるものだが、この本州北端の海岸は、てんで、風景にも何も、なってやしない。」と書いている。今日は天候は穏やかなのだが、やはり、「人間の表情」が感じられないために寂しく感じるのだろう。北海道には、こういう場所が多い。
11年前にも来た筈だが、辺りの景色には、ほとんど記憶がなかった。霧が出ていて、真っ白だったような気もする。
歩いて行ける先端まで来たので、折り返し。急に、霧が出てきた。駐車場に着く頃には、辺りは真っ白になった。10分で、これだ。
キャンプ場を少し覗くと、11年前とあまり変わっていないように見える。その時は、和商市場でカニを買って、ここでバリバリ食べたのだ。で、夜中に腹が痛くなって、あせったんだよな。結局、そのまま、やり過ごしたんだけど。
もう時間が遅いので、厚岸は無理そうだ。寄り道をし過ぎた。帰りは、霧多布湿原の中を走る道道で行くことにする。途中、湿原センターに寄って、国道44号線に出る。国道を走っていると、3台のオートバイが、すごいスピードで追い抜いて行く。札幌ナンバーだったが、飛ばしすぎ。死ぬぞ。
そのまま、順調に走っていると、突然、パオーンとサイレンの音。やばっ!!と思って減速してバックミラーを見るが、何も写っていない。辺りを見ても、何もいない。??と思いながら、道路の左側を見ると、赤い回転灯が一定間隔で立っている。音も、そこからしているらしい。どうも、スピードを自動的に検知して音を出す装置があるようだ。ったく、びびらせくれるよ。こんなの、今回が初めてだ。
厚床から尾岱沼へ向かう国道243号線に入る。しばらく、全く、対向車とすれ違わない。辺りには人の気配もしない。怖いくらいだ。
海岸に出ると、霧が出てきた。海から霧が押し寄せてくる。そろそろ、暗くなってきた。気温も下がってきて、寒いくらいだ。今朝は暑くて文句を言っていたのに、今は、こんなに寒いなんて。
途中、尾岱沼の街にある野付温泉浜の湯に入って、またもや、セイコマートで買出し。尾岱沼青少年旅行村に戻ると、テントだらけ。3連休だから仕方ないか。霧も出ている。
で、自分のテントに行くと、すぐ近くにテントを張っている家族連れがいる。これ、近すぎだよ。テントを張っている場所を考えれば、備え付けのテーブルを使うことくらい分かるだろうよ。そのテーブルの2,3mの所に、奴らのテーブルもあるのだ。こんな近くで、他人同士が飯を食えるか、と思いながらも、子供がいるので、黙って、ビールを飲んで、肉を焼き始める。と、彼らも気まずくなったのか、テントのように、4面にも布があるタープを張り出した。これで、視線を気にする必要はなくなったが、まだ、子供が騒いでうるさい。ったく。
キャンプ場は海からの霧で真っ白だ。気温も低くて寒いので、早々に寝ることにした。星は全然見えましぇん。

あー、今回の旅も、あと2日で終わりか...

湯沸岬から見た太平洋
湯沸岬から見た太平洋

きりたっぷ岬キャンプ場
きりたっぷ岬キャンプ場。上の写真を撮った10分後には、真っ白

尾岱沼青少年キャンプ村の夜
霧に包まれる夜のキャンプ場。辺りは真っ白

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