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ハイデガー=存在神秘の哲学
(古東哲明、講談社現代新書)


ハイデガー=存在神秘の哲学「ぬけるような青空に、どれだけ深くみほれたか。地べたの存在を、どれだけ感じとっただろう。他者がそこにいる。その<いる>ということそのことを、どれほど身近に感じたか。のみならず、こうしていま地球上に生きているご自分の存在を、どれだけ間近に感じたろうか。三日月の切っ先に視線を飛ばしたか。セミしぐれに身を浸したか。ビルが路上に落とす影の存在に、目をひらいたろうか。つまりは、この宇宙が生起する現場に、どれだけリアルに立ち会ったか。」
たまたま、本屋で手に取った「ハイデガー=存在神秘の哲学」の冒頭のこの文章を見て、ガーンときた。そう、その通りです。というわけで、読んでみた。

本書では、この冒頭の文章の問いにイエスと答えられるような経験を引き起こす根底的な概念として、存在神秘という言葉を使っている。
何故、何かが存在しているのか。当り前過ぎて、日常生活では見逃されている、そんな問い。でも、そのことに思い至ってみると、何故かはよく分からない。それでも、何かは存在している。不思議だ、うーむ。
ちょっと待て、だとすると、実は、何かがあるという、この当り前のことは、本当は、すごいことじゃないのか?そういう、とてもシンプルな驚きを伴った存在の不思議感。それが、存在神秘。
そして、そのような存在神秘が、実際の人間の生にとって、どのように位置付けられるのか。筆者は、その辺りの事情を、ハイデガーの哲学をベースに考察している。そして、筆者の言いたいことは、存在神秘周辺に明瞭にフォーカスしていて、端的かつ非常に分かり易い。

本書の中盤までは、人間にとっての時間性の分析とそこから導かれる存在の無的性質の解明を通して、世界は本質的にニヒリズム的であることが説明される。
時間とは、一方向的かつ均一な直線的概念ではない。本来、人間においては、時間は、刻一刻と死と生が回互するようなかたちで刻まれている。それを存在の観点から言うと、「森羅万象(宇宙)は毎瞬が崩壊にして同時に新たな創造」(P.173)ということになる。
そして、そんな、一瞬毎に崩壊している存在というものには、実は、確固たる何かなんてない。根拠だってない。それは、人間にとっては、自分が拠って立つ基盤が消失するということになる。自分が存在している意味なんて、本当はないのだ。彼岸の世界や来るべき理想の社会などというものは、自身の無意味さに耐えられない人々の捏造物である。絶対など、どこにもない。筆者は、そういう事情を、仏教用語の「念々起滅」という言葉も使いながら説明している。

が、そのニヒリズムは、そこで、そのまま反転されうる。そんなにはかない存在が、何故、存在しうるのか。念々起滅という形で、一瞬毎に死んでは生きるものが、なぜ、存在しうるのか...。あっ!!
その瞬間、その地点でこそ、一気に地と図が反転し、存在神秘が出現する。本来は存在しない筈のものが存在しているのは奇跡なのだ。何かがあるということは、ただ、それだけで、奇跡なのだ。
自分は、ここで、宮沢賢治の詩「小岩井農場」の一節を思いした。(ちなみに、別の文章ではあるけど、本書でも、宮沢賢治が引用されている)

それよりもこんなせはしい心象の明滅をつらね
すみやかなすみやかな万法流転のなかに
小岩井のきれいな野はらや牧場の標本が
いかにも確かに継起するといふことが
どんなに新鮮な奇蹟だらう

(賢治歩行詩考(岡澤敏男)より引用)

全くもって、もっともなことだと思う。

ハイデガーなんて持ち出しているから難しく感じるけど、本来は、そんな、混み入った話ではないと思う。何故、旅先では、こんなに青空が心に沁みるのか?そういうことであって、そして、その実感が、一体全体、どういう事態であるのかが、本書で理解できる。

ただし、ここで終わらないのが筆者のすごいところ。日常に埋没している人間が存在神秘を忘れてしまっているのは、たまたまではない。実は、それを忘れさせるゲシュテルと呼ばれる構造が存在しているのだ。その内容は本書を読んで頂くとして、この辺りの文章は、真犯人を追いつめる推理小説を読んでいるようでスリリングだった。

最後に、本書では、ハイデガーを全面的に扱っているとはいえ、そのハイデガー像は自分が知っているのとは、かなり印象が違う。自分はハイデガーに詳しい訳ではないけど、読んでいて、ちょっと、読み込みが強過ぎる気もしたので、一般的なハイデガーを知りたいという人よりは、冒頭に引用した文章がピンとくる人にオススメだと思う。
あと、おまけだけど、各章の扉にあるエピグラムは、その内容を的確に表していて、感動ものでした。

新規作成(08/4/1)

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