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イスラームの世界観 「移動文化」を考える
(片倉もとこ、岩波現代文庫)


イスラームの世界観 「移動文化」を考えるイスラームの世界観 「移動文化」を考える」の帯には、「人生は、旅− 新しい遊牧民の時代へ!」とある。イスラームを、「移動文化」、「動の思想」といった観点から解説している本である。

プロローグに、何気なく、こう書かれている。

「イスラームの時間観では、神は、一瞬一瞬を創造するという。」

自分はイスラームに関しては、ほとんど、知識はないけど、この一文を読んで、本書の言いたいことは大体分かったような気になってしまった。

最近読んだ「ハイデガー=存在神秘の哲学」も、同様の時間観を言っていたが、一般的に、時間をどう考えるかによって、存在のあり方は大きく異なってくる。現代の自然科学的な時間観である、一様に無限に続く時間を前提とすれば、前進や向上、進化、目的という概念が普通のものとなる。現代日本人のものの考え方は、これに当るだろう。流行のビジネス本やJポップの歌詞を見れば、そんな前向きなキーワードばかりが並んでいる。
一方の、一瞬一瞬で創造される時間観においては、そんな前方向に進むだけの概念は主流にならない。そこには、刹那的ではあるが、逆に、その分、目的に縛られない自由な生き方がある。自分の行為は、必ずしも、合目的的である必要はない。効率も一番ではない。一ヵ所に定着して、目的や効率のために生きることが正しいわけではない。逆に、定着すると、人の心はよどんでくる。動くのだ。そして、進む方向は、風の吹くまま、気の向くまま。全ては、「インシャーアッラー」(神の御意志あらば)。
本書では、そんなイスラームの移動文化について書かれている。(おっと、この時間論の部分は自分の勝手な付け足し。そこまでは書かれていません)

移動文化に関する具体的な慣習については、「どんな人であっても、ともかくは、もてなすべきである」(P.72)という古来からの習慣「ディヤーファ」、旅人の、旅先での生活と安全を保障する制度の「ジワール」というのが興味深い。というのも、自分は、前者からは高知の茶堂、後者に関する「その土地土地の有力者はもとより、普通の人たちの家も、宿舎として提供されることが、日常的になされた。」(P.75)という文章からは、北海道のライダーハウスを連想したから。でも、こういう慣習は、日本と比べて、イスラームの方が大規模で普遍的のようだ。

そして、生き方における「移動文化」に関しても、興味を惹かれる話が多い。
アラビアの遊牧民について、「われわれにとっては、うごくことが生きることなのです。」(P.78)という文章が引用されているが、これは、正に、芭蕉の「日々旅にして旅を栖とす」を地で行く考え方。格好いいではないか。
また、移動する人々は、所有は自由と引き換えになってしまうことが多いからそれを警戒する哲学を持っているとある。では、資産や名声の所有を目的として、ひたすら前進するのとは別の生き方における重要事とは何なのか。それは、どちらかというと小事と言える「ラーハ」と呼ばれるものだという。それは、「やすらぎとか休憩とかいう日本語に近い言葉」、「明るい「ゆとり」の中で、堂々とくつろぐ幸せというようなイメージ」(P.79)。
例えば、人を食事に招いたり招かれたりするのもラーハに入るらしいが、肝心なのは、食事そのものが目的ではないということ。大切なのは、一緒に食事の時間を共有することであって、美味しいものを食べることではない。
全くその通りで、美味しいものを食べることが目的になると、段々、素材がどーだとか、味付けがあーだとか、他の店はこうだったとか、自慢げに言うようになる。で、最後は、食べ物の欠点を見つけるのが目的のようになってしまう。美味しい食べ物というものを自身の自慢のネタとして所有することにより、食事を楽しむ自由を失ってしまうわけだ。この話から、所有というものに拘らないラーハの本質が分かるような気がする。
また、他にも、ラーハの中には、「知識を得ること、旅をすること、寝ること、ごろんとすること、詩をつくること、うたうこと、瞑想すること、ぼけーっとすること、家族といっしょにいること、友とかたらうことなど」(P.81)も入るとのこと。うーん、これはいいなぁ。

それにしても思ったのは、自分は、イスラームというと過激な原理主義をイメージしてしまうが、それは、正しくないということ。というより、どちらかというと、イスラームの方が、キリスト教より、現世的な感じがするくらいだ。
他にも、イスラーム金融の哲学や、ホモ・モビリタスという概念も面白かった。

と、ここまではいい。が、後半は、対する日本人の文化についての文章が多くなるのだが、これがいただけない。著者の研究対象=イスラームの移動文化=善、現代日本人の定着文化=悪という、単純な二元論が鼻につくのだ。
本書では、1章を割いて、日本にも移動文化があったことを書いている。が、では、何故、現代の日本では、持ち家指向や終身雇用制のような定着文化が主流なのかについて考察がない。また、そもそも、何故、定着文化が問題なのかについても考察らしきものはない。それらがあれば、善悪二元論の紋切りさが緩和されたような気がするが、そうではないので、ただ単に、著者が自分の研究対象を一方的に自慢しているだけという印象を受けてしまった。もったいない。

まぁ、でも、そういう問題があるにしても、旅について、そして、人生について考えさせてくれる良書。旅好きの人は是非。

新規作成(08/3/15)

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