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荒蝦夷
(熊谷達也、集英社文庫)


荒蝦夷昨年夏の東北ツーリングから帰ってきて以来、東北の古代史を復習しようと、ずっと思っていた。ツーリングの最終日は、花巻から水沢の辺りをうろうろしたのだが、この辺りは、どうしたって、蝦夷と大和の戦いが関係してくる。特に、寺を回っていれば、尚更、大和の影を感じる。
で、家にあるその手の本を読み直そうと思いつつ、何ヶ月も時間が過ぎているうちに、たまたま、本屋で見掛けたのが「荒蝦夷」。こんな背景もあったし、熊谷達也の作品でもあったので、手に取ってみた。

本書では、伊治公呰麻呂(これはりのきみあざまろ)が主人公になっている。宝亀11(780)年に、当時の大和政権の東北開拓の拠点であった仙台近郊の多賀城を攻め落とした蝦夷の族長だ。以前、読んだことのある同じ著者の「まほろばの疾風」では、アテルイが主人公だったが、本書ではアテルイの父親が呰麻呂ということになっている。が、あとがきによると、これには諸説があるらしい。
また、こちらも、あとがきにあるように、まほろばの疾風は、東北=善、大和=悪の比較的分かり易いストーリーだったように記憶しているが、今回の荒蝦夷では、東北側の呰麻呂は、現代の価値観から見ると、極悪非道の面も持っているように描かれている。
歴史は勝者の側によって作られるものだから、日本の「正史」では、大和=正義、東北=悪とされてきた。例えば、同時期の東北の有力者の一人を「悪路王」と呼んでいるのでもそれは分かる。が、侵略された東北から見れば、平和を乱す侵略者としての大和=悪、東北=善となるというわけである。が、今回の荒蝦夷では、単純に東北の蝦夷側に感情移入できるでもなく、微妙なバランスの上に、ストーリーは進んで行く。

それでも、歴史小説らしいダイナミックな展開で、あっという間に読み終えてしまった。また、「邂逅の森」のような自然対個人のレベルで濃密な自然が描かれることはないのだが、集団的・政治的レベルで、東北と大和、それぞれの世界の人間関係が比較的濃く描かれていて、特に、大和側で朝廷の顔色を窺う人々からは、自分もひっくるめて、サラリーマンの悲哀を感じたりもした。

途中、坂上田村麻呂が出てくる辺りからは、少し、展開を急ぎ過ぎとも思った。が、そういうテクニック的な点は置いて、平安期の東北史に興味がある人にはオススメできる。

新規作成(08/2/12)

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