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人間の集団について
(司馬遼太郎、中公文庫)


人間の集団についてベトナム旅行に当たって、ベトナムを知るために手に取ったのが司馬遼太郎の「人間の集団について」。ベトナム戦争末期、米軍撤退直後のベトナムを訪れた司馬遼太郎の報告になる。

当時、ベトナム戦争は、ベトナム人が一人もいなくなるまで続けられるのではとさえ思われていた程、悲惨な状態だったらしい。著者は、このような事態になってしまっている理由を、単なる政治力学だけではなく、もう一歩踏み込んだ、集団としての人間を考察することにより考えている。

例えば、普遍性という概念について次のように書いている。

「独自の文化の中に閉じこもってきた一民族が、世界史的な潮流の中で自立しようとするとき、かならず普遍性へのあこがれがある。...唇や文字で説かれる思想よりも、ひきがね一つで相手を目の前で殺傷できる兵器のほうがはるかに普遍性を戦慄的に体感でき、それも万人が体感できるという点でこれほど直截な思想はなく、この思想はベトナムにあっては、サイゴン政府軍においても、解放戦線においても、ハノイ政府軍においても変わりはない。」
そして、「いずれの側に立つベトナム人も、...兵器というこの普遍的思想による戦慄的習慣から離れがたくなってしまっていることはたしかなようである。」としている。

他にも、米・ソ・中により兵器を供給されることにより、補給の停止による戦争の終結という大原則が無くなってしまったための機械運動的な戦闘の継続、激烈に群れるための手段である政治的正義等を戦争の原因としている。この辺りでは、過酷な戦争状況に対する著者の憤りも感じられ、「街道をゆく」を書いた人とは思えない強い調子もある。

もうひとつ。以前、多分、NHKだったと思うが、ベトナム戦争のドキュメンタリー映像を見ていて、やけに、人が簡単に死ぬなという印象を持ったことがある。著者も同様な感情を持っていたらしく、「感情を押し忍びつつ言えば、ベトナム人のいのちは安そうだという印象が、かねて拭えなかった。」という文章がある。そして、その理由を、
「ベトナム人の抗戦力のつよさは、ひとつには輪廻転生を信じていることにもよる。」
「...サイゴンに来て数多くの庶民に接するうちに、かれらの生命感がわかってくるような気がした。ベトナム人は、人間は輪廻によってうまれかわるだけでなく、土着の精霊信仰によって霊魂は不滅であるとしているのである。」
と、宗教観に求めている。
なんだか、長年の謎が解けたようで、司馬遼太郎の洞察力には、只々、感心してしまった。

とはいえ、このような理屈っぽい話ばかりでもない。

歴史的背景から見ると、中国文明の周辺にある国で、儒教の影響を大きく受け、今も生き残っている地域が三つあり、それが、朝鮮半島とベトナムと日本とのことで、そういう意味で、ベトナムと日本は文化的類似性があるらしい。元々、著者は、この類似性からベトナムに興味を持っていたと書いている。
(ちなみに、ベトナムの隣国のラオスとカンボジアはインド文明圏になるとのこと)

以下は、ベトナム人の知り合いが20年振りに叔母の家を予告なしに訪ねるのに同行したシーンでの文章。繊細な観察力には脱帽するしかない。

「B氏がその祭壇の前で大声をあげると、祭壇の右側からひたひたと足音がして、品のいい老婦人があらわれた。
B氏をみて、
「おやまあ」
といったような静かな驚きをみせたのは、気分のいい光景であった。こういう不意の邂逅の場合にみせる表情というのは、民族の文化意識と濃厚に関係があるであろう。このときほど、ベトナム人が、アジアのどの地域のひとびとよりも、日本人に似ていると思ったことはない。」

全体を通して、筆者はベトナムに愛情を持って接しているが、その理由は、日本人に似ているということに加えて、「ベトナムは懐かしい」という一言に集約されるものにある気がする。それは、かつての人間らしい社会があるということだと思うが、その内実は、初老のサイゴン居住者の自分の故郷に関する次のコメントから実感できる。なんとも、羨ましい光景で、本書で、一番印象に残ったシーンだ。

「子供たちが家のそばの庭のような空地で遊んでいる。夕方、潮が満ちてくると、その庭が浅海になる、子供たちは家の床にあがって、そこから糸を垂らすと餌もつけていないのにたちまち魚が穫れる、「それを食べているだけでも暮らしてゆけるような所だ」というのである。」

30年以上前の本なので、政治体制は当然として、庶民の生活も、今では変わっているところが多いと思う。また、自分の旅行は、ベトナムの表面を撫でただけだったので、その内容を実感することは殆どなかったけど、改めて、司馬遼太郎の凄さに感じ入りました。

新規作成(07/3/22)

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