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彼岸の時間
(蛭川立、春秋社)


彼岸の時間先月の甲府・秩父ツーリング以来、縄文土器のことが気になって仕方がない。で、ネットを眺めていて見つけたのが、「世界観の人類学」というサイト。この中に、「縄文文化の超自然観」というページがあり、なかなか、興味深い。どういう人が書いたのかと思い、調べてみると、明治大学の先生で、この「彼岸の時間」という本を書いている。で、目次を見て、面白そうなので、読んでみた。

シャーマニズムに代表される、薬草、瞑想等により引き起こされる変性意識状態により、閉塞しつつある現代の資本主義社会を脱構築すべしというのが本書の趣旨。
変性意識状態に関係して、ドラッグ、臨死体験、心霊現象、UFO等、きわどいキーワードが並んでいる。が、筆者は、これらにおいて経験される現象(例えば、臨死体験に対しては死後の世界)に関しては、それを心理的事実としては扱うが、その実在性について何らかの決定的なことは言っていないようにみえる。さらにいえば、その実在性は、その時々の社会によって決定されるものと考えているようだ。つまり、「実在」という概念自体が、そもそも、社会によって異なる相対的なものということになる。
そして、本書では、実在するかどうかとは別に存在する心理的事実の現実的な効果の側面を活用し、現代社会の「真理」を相対化するということ、とりわけ、肥大化した自我や直線的な時間観念を解体することを目指している。なので、怪し気なキーワードが多々あるにも拘わらず、内容は至極まっとう。相対化の先に何があるかの記述は少ないが、大きな顔をして威張っている「常識」というやつを、ばっさばっさとなぎ倒していくのは読んでいて気持ちがいい。また、アマゾンの薬草のお茶であるアヤワスカ、タイの僧院での瞑想等、著者自身が世界中で経験した変性意識状態の記述も興味深い。

でも、思うに、この手の変性意識の取り扱いは難しい。例えば、西洋人がサイケデリックスを摂ると、羽目をはずして騒いだり、フリーセックスを主張したりするという文脈で、次のような文章がある。

「むしろ、西洋人の心の中に、たとえばフーコーがいうような意味で、性の解放、抑圧された本能の解放こそが人間の解放なのだ、というようなイデオロギーが埋め込まれていて、アヤワスカなどを飲むとそれが自動的に展開してくるだけなのではないだろうかと思いたくなる。」(P.271)

90年代以降、日本でも、サイケデリックス・カルチャーがじわじわと広がりをみせているとも書いているが、注意をしないと、この西洋人達のように、解放されたようでいて、実は、社会的に埋め込まれた「常識」の裏側に辿り着いただけということになりかねない。グローバリズムは仕方ないとしても、こんな意識の状態まで輸入しても仕方がない。
また、このようなレベルの話でなくても、変性意識を経験したことを自慢したり、自身のアイデンティティーに使うような、「常識」を強化するだけの使い方に堕してしまう可能性は大きい。
そういう点では、本書は「取扱注意」の書物なのだと思う。

ところで、読んでいると、所々、粗雑な論理展開があって、ホンマカイナと思うところが結構ある。が、あとがきに、「とはいえ基本はやはり「旅のエッセイ」なので、学術的には厳密さを欠いている部分も多いが...」とあるように、一冊を通して体系的に語られているわけではないので、その点は、大目に見て読んだ方がいい。厳密さを詰めていくのは今後の課題ともあるので、本書は、本来は能力として人間の中に存在する一方で近代社会では抑圧されてきた変性意識状態の復権を目指す「<意識>の人類学」のマニフェストと位置づけられるのだろう。

新規作成(07/12/24)

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