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2009年2月後半

2月24日(火)

■妙心寺展

妙心寺展この前の日曜日は、東京国立博物館で開催中の妙心寺展へ。妙心寺とは臨済宗の禅寺なのだが、昨年の大琳派展とは違いマイナーで空いているだろうと思い、昼過ぎに現地へ到着。で、予想通り、人はそれ程、多くもなく、展示室も、まぁ、これくらいだったらゆっくり見られるかなという感じ。
以下、気になった展示のメモ。

瓢鮎図
国宝です。よく見ると、筆使いが精密で、計算され尽くしている描きぶりという感じ。それでも、主人公の顔が、何やら奇妙で、不思議な印象。画の上半分は、当代切っての名僧の画賛が書かれているとのことだが、読んでも分かりません...

・道鏡慧端墨蹟 遺偈
道鏡慧端というのは白隠の師で、その人が亡くなる前に書いた詩である遺偈が展示されていた。「日本の霊性」に出てくるもので、こんなところで出会うとはびっくり

・白隠の書画
画や自画像、墨蹟等、幾つかが展示されていたが、有名なだけあって、どれも印象的。中でも、関山慧玄偈の墨蹟「柏樹子話有賊気」が気になって、自宅に帰ってから意味を調べてみると、「庭前柏樹子」という公案には人の妄念を奪い去る機略があるということらしい。有名な言葉だったのね

・近世の障屏画
特に、狩野山雪の老梅図と、海北友雪の花卉図、雲龍図は、誰が見ても満足の一品でしょう。

総じて、禅の芸術って、あまり見たことがなかったけど、考えてみると、「空」という文字通りつかみどころのない思想を表現しているのだから、難解になる筈。
全ては空であって実体はどこにもない。であれば、美しいものなんて本当は無いのだ。それは、心の作り出す幻である。であれば、美しいものをひたすら美しく描くのではダメ。では、どう表すのか。白隠の自画像や達磨像、海北友雪の雲龍図などは、いずれの人物・龍も、こちらをじろりと睨んでいるようでいて、それでも、微妙に視線がずれているように見えるので、感情を感じさせないところがある。感情という迷妄を超えたところで、「空」をじろりと見据えている境地という、微妙なあわいの表現が禅芸術の真骨頂ということなのだろうか。
ただ、一方で、豪華絢爛な障屏画もある。こちらは、空の境地に達して、それから、改めて、この現実世界に戻って来るという往復運動を成し遂げた人だけが見ることのできる世界の美しさということか。
基本的に、芸術とは言葉の向こうにある世界を表現するものだと思うけど、禅は、言葉の向こうにあるものは無いとする、というか、言葉の向こうという考え方自体が無いとするので、ますます、難しくなりますな。

あと、そういえば、「心頭滅却すれば...」で知られる僧が、臨済の人とは知らなかった。まぁ、よくよく考えれば、禅宗の人の言い方だけど、快川紹喜という高僧で、その人の画もありました。臨済は、当時、日本中に影響を持っていたということでしょう。

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