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2007年2月前半

2月15日(木)

■禅とオートバイ修理技術(ロバート M.パーシグ、めるくまーる)(7)

禅とオートバイ修理技術第四部では、さらなる<<クオリティ>>の探求のために、古代ギリシャの思想まで遡ることになる。
科学の大成功によって圧倒的な地位を占める様になった古典的な理解はどのようにして今の地位を築いたのか。また、<<クオリティ>>は、西洋世界の中で、何故、忘れ去られてしまったのか。
それを知るために、パイドロスは、ギリシャ思想を、その始まりである神話から辿って行く。

「<<クオリティ>>こそが神話の産みの親なのだ。かつてパイドロスが「<<クオリティ>>とは、私たちに生きる世界を創造させる連続的刺激である」と言ったのは、まさにこれを言わんとしていたのだ。...人間は<<クオリティ>>に対してさまざまな反応を示す。そしてこれらの反応のなかにこそ、自己の本質的理解がある。」(P.577)

<<クオリティ>>を解釈し、それを説明するために作り上げられた世界が神話になる。人類は、次々と与えられる外的刺激を意味付けるために、そこに人間的な意図や行為を読み取り、人格的な要素を含む神々を創造し、それらが外的自然を司っていると考えた。そのような説明を含んだストーリーが、何代もの間に蓄積・整理され、一定の形を持ったものが神話である。

ところが、イオニア地方の合理的精神を持った一部の人々が、神話に対して異議を唱え始めた。

「初期のギリシャ哲学は、人間世界の不滅の部分に初めて意識的な探りを入れた。そのときまで、それは神々の世界、すなわち神話の世界にあった。しかし周囲の世界に対するギリシャ人の客観性が大きく成長した結果、抽象化の能力がますます増大し、彼らは古いギリシャ神話を真理の啓示ではなく、芸術的創造とみなすようになった。そして世界のどこにも存在しなかったこの意識が、ギリシャ文明にまったく新しい超越の段階をもたらしたのである。...永遠なるものは、もはや不滅の神々だけの領域に存在するものではなかった。それは「不滅の原理」のなかにも見いだされた。万有引力の法則は、まさにその一つである。」(P.611)

イオニアの思想家達は、人格的な神ではなく、何らかの抽象的な原理で世界を説明しようとした。タレスは、その原理を水とし、ヘラクレイトスはそれを火とした。思想家によって、その原理の内容は異なるが、ここで肝心なことは、永遠に変わらない抽象的な原理で世界が説明できる考えたことだ。現在の物理学では、相対性理論や量子力学等の数学的体系で世界を説明している。一方は水や火、一方は精緻な数学とその形式は異なるが、抽象的な原理で世界が説明できると考えている点は変わらない。というか、逆で、物理学の根本的な考え方は、この初期ギリシャ自然学にある。引用文中に、万有引力の法則とあるのは、そういうことである。ただし、パイドロスによると、この時点では、精神と物質、主体と客体、形相と実体という区別はなかったという。(P.613)

さて、次に登場するのがソフィスト。

「(ソフィストが)教えようとしたものは、原理ではなく、人間の信念であった。その目標は唯一絶対の真理ではなく、人間の教化だったのである。すべての原理、すべての真理は相対的であり、「人間は万物の尺度である」と彼らは説いた。」(P.614)

水やら火やら言っているが、そんなものは人間の恣意的な想像の産物で、そもそも、不滅の原理などは存在しないというわけである。
ところで、パイドロスは、ソフィストに組している。これまで書いてきたように、パイドロスは絶対的真理を否定している。全ては、<<クオリティ>>に対する人間の解釈であって、そもそも絶対的な実在があって、それを人間が知るのではない。

「「人間は万物の尺度である」そう、これこそパイドロスが<<クオリティ>>に関して述べていることである。...人間は万物の根源ではないし、...万物を受動的に観察する存在でもない。世界を創造する<<クオリティ>>は、人間とその経験の相互関係から生まれる。つまり人間は万物の創造に関与するわけだ。万物の尺度であるというソフィストの説とうまく一致する。」(P.615)

ここで、ソクラテスとプラトンが登場する。ソフィストのこの相対主義と戦ったのが、彼らだったのだ。

「プラトンとソクラテスは、ソフィストの堕落に対抗することによって、...「不滅の原理」を擁護したのである。すなわち、真理、知識、思考から独立したもの、ソクラテスが殉じた理想、世界の歴史においてギリシャのみが初めて有した理想、これらが擁護の対象であった。」(P.614)

特に、プラトンは、イデアという装置を発明し、この戦いに勝利を収めた。

「...プラトンはイデアと現象を分ける必要性を感じた。たとえば「馬を馬たらしめるもの」と「馬」を例にとれば、前者は実在する不変不動のイデアであるのに対し、後者はまったく些細な移ろいやすい現象にすぎない。「馬を馬たらしめるもの」は純粋なイデアであり、目前の「馬」は変化するさまざまな現象の一集合なのだ。だから絶えず変転する世界で自由に動きまわれる馬が突然死んだとしても、馬を馬たらしめているイデアには何の影響もない。つまり「不滅の真理」である。」(P.624)

勝ち残った「不滅の原理」つまり絶対的真理という概念は、以後、今日に至るまで西洋的思考を支配し続けている。

さて、ここまでのソフィストとソクラテス・プラトンの戦いは、正しい/間違っているという真理の問題についてだった。パイドロスによると、もう一つの対立軸があって、それは、良い/悪いという善の問題である。
ソフィストは、単に、懐疑的な相対主義を唱えていただけではない。積極的に訴えていたものもあった。それが徳である。

「どの書物に当たっても、徳を教えることがソフィストの中心的な仕事になっていた。だがあらゆる倫理的観念の相対性を説きながら、どうやって徳を教えようというのか?...そもそも何が適切かという考えが日ごとに変化する人は、寛大だと感心されることはあっても、有徳だと思われることはない。」(P.616)

「人間は万物の尺度である」ならば、絶対的に正しいものなどない。そうだとすれば、そもそも、徳などというものが存在するのか。ましてや、それを誰かに教えることなどできるのか。そこで、パイドロスは、命を惜しまず勇敢に戦うギリシャの英雄ヘクトールの生き方に注目する。

「ギリシャの戦士を英雄的な行為へと駆り立てるものは、今日私たちが理解しているような義務感ー他人に対する義務ーではない。それはむしろ自己に対する義務感である。ヘクトールが必死になって追い求めているものは、一般に『徳』と訳すが、それはギリシャ語でアレテー、つまり『優れていること』(引用者注:excellenceの翻訳)という意味である。」(P.618)

現代の我々が、一般的に、徳(virtue)という場合、その言葉には、世の中の決まりをよく守ること、つまり他人に対する義務をよく遂行するという意味合いが含まれている。ところが、徳と訳されるギリシャ語のアレテーという言葉には、そのような他者に関する含意はなく、あるのは、自己に対する義務感だということである。そして、パイドロスは、アレテーとは、<<クオリティ>>のことだと言う。

「<<クオリティ>>!徳!ダルマ!ソフィストが教えていたのはこれだったのだ!倫理的相対主義などではない。原本的(引用者注:pristineの翻訳)な「徳」でもない。それはアレテー、優れていること、ダルマだったのだ!」(P.620)

以前の雑記に書いたように、<<クオリティ>>を、人間の知性の自発的な働きとは関係なく、何処からかやって来る心的な出来事と考えると、人間は、日々の生活において、<<クオリティ>>を前に、その解釈、意味付けを行い続けることになる。そして、その意味付けによって善きものや価値が発生し、何らかの行動をすることになる。ところで、この意味付けの原則が倫理になるのだが、それは、本来、人によって異なるはずである。才能も境遇も欲しいものも違う個人が、同じ価値や倫理を持つ筈がない。なので、倫理は人によって異なる相対的なものになる。が、それは、悪いことではない。重要なのは、出来事としての<<クオリティ>>に誠実に向き合い、自分なりの意味付けを行い、その結果としての行動を、義務感を持って忠実に遂行することである。(ちなみに、本書の副題の「価値の探求」は、このような<<クオリティ>>と価値との強い関係からつけられたのだと思う)
このように、善きものや価値においては、万人に妥当する唯一のものは存在しない。それは、人によって異なる相対的なものなので、大仰な名前を付けることはできない。これが、アレテーという言葉が、優れていることという、なんとも頼りない程、漠とした意味しか持っていない理由である。
ソフィストは徳を教えていたのではない。アレテーを教えていたのである。アレテー=徳と考えたところに問題があった。アレテー=<<クオリティ>>なのである。こう考えると、アレテーと倫理的相対主義は矛盾しない。

さて、一方のソクラテスとプラトンは、上にも書いたように、「不滅の原理」を支持していたので、善については次のように扱った。
絶対的な真理があるのだから、善はそこから導き出される筈である。従って、善は、「不滅の原理」の下位に位置づけられることになると。

「プラトンの...総合は、ソフィストのアレテーをイデアと現象という二分法に組み込むことであった。彼はアレテーに名誉ある最高の地位を与えはしたが、それは真理とそれに到達する手段である弁証法に次ぐ位でしかなかった。そして「善」を最高のイデアとして、「善」と「真理」の統一を試みながら、結局は弁証法的に限定された真理によってアレテーの王座を奪うことになった。」(P.624)

ちなみに、弁証法とは、「...今日では論理的証明という意味で用いられ、そこには真理に到達する吟味の技法をも含んでいる。また弁証法はプラトンの『対話編』におけるソクラテスの問答形式でもあった。プラトンはこれを真理に到達する唯一の方法であると信じていた。」(P.601)
一方、弁論術という方法もあり、こちらは、論理ではなく比喩等を使って情緒的に訴える方法になる。パイドロスは、もともと、大学で弁論術と近しい修辞学(どちらも、英語でrhetoric)を教えていた。<<クオリティ>>は、言葉で定義できないため、その説明の方法としては、修辞学的な方法を使うことになる。ここに、パイドロスが<<クオリティ>>に到達したひとつの理由があり、実際、修辞学への洞察から<<クオリティ>>に至る過程が、第三部で描写されている。

さて、このようにして、プラトンは、「不滅の真理」の存在を信じ、その内実を、不変のイデアと変化する現象、哲学用語で言うと、形相と質料への分離と形相の優位性とした。次の世代のアリストテレスは、質料を形相に優るものとし、質料を実体として、それらの位置付けを逆転したが、プラトンと本質的な違いがあるわけではない。
そして、中世ヨーロッパにおいては、「不滅の真理」は神とされ、その後、「不滅の真理」が数学的表現を得ることにより近代科学が発生することになる。一方の<<クオリティ>>は、ソフィスト達とともに、忘れ去られてしまった。本書には書かれていないが、仮に、それを発掘したのがニーチェだとすると、それまでに、2000年以上の歳月がかかったことになる。

「人間が弁証法的な真理によって世界を理解し、支配する力を得たときに、あまりにも大きなものを失ったことに気づき始めた。人間は自然現象を操作することによって、力と富という人間自身の夢を現実のものにできる科学帝国を築き上げた。だがこれと引き換えに、それと等しい悟性(引用者注:understandingの翻訳)の帝国を失った。すなわち悟性が世界に敵対するものではなく、その一部であることを認識できなくなってしまったのである。」(P.621)

世界が形相と質料に分離され、質料が実体とされたことにより、自然は、人間の操作の対象としての単なるモノへと化した。人間と自然は対立し、自然は、人間の手段として克服されるべきものなのだ。そして、弁証法的な古典的理解によって造られた堅苦しい人工物が、人間の新たな「自然」となった。

「鋼鉄の板、太い梁、コンクリートの柱と道路、煉瓦、アスファルト、自動車の部品、ラジオ、線路、そしてかつて大草原で草を食んでいた動物たちの形骸。 <<クオリティ>>のない形相と実体。それが都市の塊である。」(P.647)

パイドロスの探求は、このように、古典的な理解とロマン的な理解の分離とそれによってもたらされる諸問題の淵源をプラトンに発見することで終わる。そして、パイドロス自身も、狂気へと落ちていき、電気ショック療法によって、その一生を終える。

(つづく)


2月12日(月)

■氷結の森(熊谷達也、集英社)

氷結の森熊谷達也の新作「氷結の森」(集英社)を読んだ。一昨日の土曜日の夕方に、本屋でたまたま見掛けて、そのままレジに突進。この手の本は、いつもは、文庫になるまで待つのだが、「邂逅の森」(文藝春秋)があまりにおもしろかったので、反射的に買ってしまった。
で、日曜日の東京は、天気がよく、暖かくてオートバイ日和だったのだが、家に籠って読むことになった。

今回は、日露戦争後のサハリン・シベリアを舞台とした、元マタギの矢一郎の流浪の物語になる。本来は国境という概念を持たないながらも大国に翻弄される北方民族や、運命に流されつつもそれを引き受ける矢一郎のドラマが、北方の大地の上で繰り広げられる。
冒頭のニシン漁の描写は、「山背郷」(集英社文庫)を書いた著者らしく、活き活きとして、迫力があり、先を期待させる。北方民族のニブヒやウィルタも登場し、いよいよ、邂逅の森のような、生々しい生命感溢れた描写が続くのかと思いきや、そうでもない。自然の描写も、舞台が外国のせいか、あっさりしている気がする。どうも、今回は、ストーリー展開の方が重視されているようだ。
なので、自分もそうだったのだが、邂逅の森のような内容をイメージして読むと、少し、期待外れかもしれない。また、描写が足りず、なんで?と思わせるようなところもあるが、邂逅の森の先入観を除いて読めば、エンターテイメントとして楽しめる。実際、自分は、ついつい、ページをめくってしまい、結局、丸一日で読んでしまった。
テーマとしては、今、流行の国家への安易な帰属意識ではなく、自分自身の思うところを信じて進む生き方というところかな。

なお、本書では、ニブヒ、ギリヤークという言葉が使い分けられているのだが、この辺りの事情は、司馬遼太郎の「街道をゆく 38 オホーツク街道」(朝日新聞社)に詳しい。
また、サハリンの地名が頻出するのだが、自分も含めて、今や、ピンとくる人は少数だと思うので、簡単な地図があれば、より分かり易いと思う。
自分は、稚内市のページまたはこちらのページを見ながら読み進めた。


2月10日(土)

■ソクラテス以前以後(F.M.コーンフォード、岩波文庫)

ソクラテス以前以後禅とオートバイ修理技術」の第四部では、ギリシャ哲学に関係した記述が多くなる。そこで、何かいい入門書はないかと思い、「ソクラテス以前以後」(F.M.コーンフォード、岩波文庫)を読んだ。

薄い本で、あっという間に読んでしまったが、これが、非常に分かり易い。ギリシャ思想を、ソクラテス以前の自然学→ソクラテス→プラトン→アリストテレスの順序で説明しているのだが、各々の思想の継承されている部分と異なっている部分が明確にされているので、ギリシャ思想全体を、ひとつのストーリーの下に理解することできる。また、本書は、元々、大学の公開講座の講義内容なので、記述も平易で読み易く、オススメだと思う。

イオニアの自然学者は、機械論的な宇宙生成論を考案したが、その発想は、今ある世界がこのようにある理由が、現在に至るまでの過去に存在すると考え、始元を求めて探求を進めた。ところが、ソクラテスは、関心そのものを、自然から人間自身へと転回する。そして、自己自身と正しい生き方の知識、人生の最終的な目的を求め、探求の対象を、始元から終極へと移行させた。
次の世代のプラトンは、ソクラテスから受け継いだ終極的な目標をイデアとして実体化し、イデアを具現する事物に対して上位に位置付けた。また、ピュタゴラス派からは、自然と人間の両方を含む包括的な説明原理の存在を学び、そこから、イデアを、人間だけではなく、自然をも含めたより根本的な原理へと拡張する。
ところが、アリストテレスは、そのイデアを地上へと引き降ろし、自然物の中に埋め込まれたイデアは、その目指すべき目標とされ、また動力因ともされたのであった...

ソクラテスは書き物を残さなかったが、彼により創始された、終極的な目的を求めるという「希求切望の原理」は、プラトンとアリストテレスの哲学の中に一貫して存在した。また、その原理がキリスト教道徳と整合していたために中世のヨーロッパに受け入れられ、ギリシャ哲学がキリスト教神学と融合されたことを考えても、ソクラテスが西洋思想の方向付けに、いかに大きな影響を持ったかが分かる。

また、現代の自然科学に関しても、ギリシャ思想の中に、その根本的な発想を見ることができる。

「われわれが見たり触れたりするすべての事物は数を表現ないし具現している。この測定可能な量という局面のもとで、自然的世界は知られ、理解される。...この発見、すなわち物理科学を解く鍵は数学のうちにあるという発見は、哲学的思索の幼年期に始まって、いまもなお科学の指導原理としての役割を果たしているところの天才的直観のひとつである。」(P.93)
「だが古代の科学は、無からは何ものも生じないという原則を固く守って、移り変わる現象を映す幕の背後に何らか恒常的で不滅な「存在」を要請した。」(P.38)

二つ目の引用は、エネルギー保存則のような何らかの保存則へとつながる考え方になる。現在の物理学のように精密に定式化されているわけではないが、その発想は変わらない。

ホワイトヘッドか誰かが、ヨーロッパの哲学はプラトンの著作に付けられた一連の注釈だとかなんとか言っていたと思うのだが、さもありなんという感じ。


2月6日(火)

■禅とオートバイ修理技術(ロバート M.パーシグ、めるくまーる)(6)

城南島海浜公園この前の日曜日の東京は天気もよく、暖かくて、今年初めてGSに乗った。といっても、近所を少し走っただけだけど。
久しぶりなので、最初は、エンジンの調子も悪く、他人のオートバイの様だったが、数時間乗ると、エンジンも気持ちよく回るようになり、心地よく走ることができた。こうなると、遠くに行きたくなるなぁ。

さて、話変わって、日曜日の日経に、アメリカ人画家のエドワード・ホッパーの記事が載っていた。ホッパーのことは知らなかったのだが、「線路の日没」というタイトルの絵が紹介されていて、見た瞬間、「禅とオートバイ修理技術」の筆者親子が見た景色はこれではないのかと閃いた。

その絵は、こちらのページにあるが、アメリカらしい、広大で荒涼とした土地を感じさせる夕暮れの景観が描かれている。本書には、夕暮れを描いたシーンは無かったように思うので、この景色そのものを思い浮かばせるような文章があるわけではないが、いかにもアメリカ然とした景色が、筆者親子のツーリング・シーンに相応しい。
が、それだけではなく、この絵は、心に何か不安を抱えている人が見ている景色のようで、どこか不気味なところがある。ストーリーが進むに連れて、主人公の心の中で、次第に、パイドロスの影が強くなってくるが、自分の中にもう1人の別人がいるかもしれないという恐怖の感覚が、また、そのように思わせるのかもしれない。

あと、別の作品になるが、この絵などは、都会の余裕の無さというか、堅さ、味気なさ、窮屈さ、孤独さを見事に表現していると思う。窓から見える建物の屋上が、なんと、無機的なことか。人に、解釈の自由を与えるものは何もない。昨年秋のツーリングで訪れた鳥海山の麓の森のような豊かさはどこにもない。

「...人口が密集している大都市ほど孤独感が強い。一般的には、...きわめて人口密度の低い州ほど孤独感が強く漂っていると思うだろう。だが、実際はまるで逆で、こうした片田舎で孤独な人を見かけることはほとんどなかった。...このアメリカに巻き込まれてしまった人々は、周囲の状況をあまり意識することなく、人生の大半をだた素通りしていく。マス・メディアのおかげで、身近なものはすべて取るに足らないものと人々は信じ込んでしまったのだ。」(P.586)

また、パイドロスが狂気に落ちいる前の彼の心象として、以下のような記述もある。

「シカゴの街が彼に迫ってくる。...鋼鉄の板、太い梁、コンクリートの柱と道路、煉瓦、アスファルト、自動車の部品、ラジオ、線路、そしてかつて大草原で草を食んでいた動物たちの形骸。<<クオリティ>>のない形相と実体。それが都市の塊である。巨大、盲目、邪悪、非人間的ーこれがシカゴ南部に集中する溶鉱炉から立ち昇る炎に照らし出された都市の姿である。道路は縦横にまっすぐ走り、石炭の濃く、深い煙を通して、「ビール」や「ピザ」や「コインランドリー」といった何の意味もない看板がたくさん見える。」(P.647)

自分も、北海道を走っている間は、都会にはなるべく近づきたくなくなる。パイドロスほどの深刻な思いではないだろうが、北海道の豊かな自然の中を走っていると、単純な直線や幾何的な曲線で縁取られた都会の景色がいかに無機質で退屈なのかに気付いてしまうからだと思う。


2月3日(土)

■禅とオートバイ修理技術(ロバート M.パーシグ、めるくまーる)(5)

禅とオートバイ修理技術前回の雑記で、オートバイの修理と<<クオリティ>>の関係を述べた部分を引用した。今回は、オートバイの修理だけではなく、一般的な仕事と<<クオリティ>>の間の関係に関連する部分も書き出してみる。

「良いと思われるものを見抜いて、その理由を理解し、作業のなかでこの良さと一体になることが、内なる安らぎ、つまり心の落ち着きを培い、ついにはその良さを輝き出させるのである。」(P.490)
「心の落ち着きという概念を採り入れて、それを技術作業という行為の中心に据えれば、実際の作業工程におけるある基本的な段階において、古典的<<クオリティ>>とロマン的<<クオリティ>>の融合が起こりうるのではないだろうか。」(P.491)
「バイクの修理に取り組むときに心がけるべきことは、他の仕事と同様、自他の分離をしないような心の落ち着きを養うことなのである。これがうまく行けば、その他いっさいがおのずとこれに従うことになる。心の落ち着きは正しい価値を生み、正しい価値は、正しい思念を生む。また正しい思念によって、正しい行為が生まれ、これによって仕事は、誰が見てもその中心に静謐を湛えた一つの実体となって現れてくる。」(P.493)

自分の普段の仕事ぶりは考えてみると、とても、このようにゆったりとは取り組めていない。確かに、「落ち着き」を採り入れることにより、仕事との一体感が増し、いいものができるのは分かる気がする。が、スピードが何よりも重要な今の世の中では、ほぼ、不可能なことではないのか。
ただ、そのせいで、仕事がつまらく、イマイチ気を入れることができないのは事実。なので、最終的には、そんな心持ちで取り組める仕事を持ちたいとは思うのだが、そのような道はどこにあるのだろうか。

ところで、筆者親子は、ドウィーズ宅を出てから、3日間連続でキャンプをしているのだが、その間、風呂に入ったか、シャワーを浴びた形跡がない。本文には書いてなくても、実際には使ったかもとも思ってみたが、日本のように温泉があるわけでもないので、多分、宿泊しない限り、そのような設備はないだろう。
自分の場合、一日走った後は絶対に風呂に入りたい。特別にきれい好きというわけではなくて、ただ、一日ヘルメットを被った後は、頭が痒くて、たまらなく不愉快になる。なので、風呂に入れなかったキャンプのことは、今でも、ハッキリ記憶に残っているくらいだ。
例えば、根室市キャンプ場に泊まったのは10年以上前になるが、この日は、確か、月曜日で根室駅近くの銭湯が休みだった。駅前の坂道を、海の方向に下って行ったところの左側にあったような気がする。休みだったことを知った後、根室駅前に戻って途方に暮れている時に、ライダーと出会って立ち話をした。ここら辺に風呂らしきものはないかと聞いたような気もするが、内容は定かではない。ただ、日が沈み、気温が下がり、もう真っ暗な中で、そのライダーの吐く息が真っ白だったことはハッキリと憶えている。
その点、最近は、日帰りの温泉も増えたし、久しく、そんな思いはしてないな。

(つづく)

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