ホーム > 過去の雑記 > 2007年1月前半

2007年1月前半

1月14日(日)

■禅とオートバイ修理技術(ロバート M.パーシグ、めるくまーる)(2)

禅とオートバイ修理技術第一部では、17日間のツーリングの最初の3日間が描写されている。冒頭、いきなり、ライダーならではの視点の文章がある。

「もはや単なる傍観者ではなく、私たちは自然という大きな舞台のまんなかにいて、溢れんばかりの臨場感に包まれる。足下を唸るように流れてゆくコンクリートは、現実のものであり、足を踏みしめて歩く道路そのものである。ぼんやりとして焦点を定めることはできないが、それは確かにそこにあり、その気になればいつでもこの足を降ろして触れることができる。すべてのもの、すべての経験、これらは決してじかの意識から逸脱することはない。」(P.25)

ここに限らず、全体を通して、路上からの眺めや、現代の日常生活では、五感の中でもっとも虐げられている皮膚感(触覚)も含めた五感全てにに訴える風や空気への印象など、実際にオートバイに乗っている人ならば、共感できるであろう記述が多い。
以下は、40度以上の気温の中を1日走った後の夕方に出会った雨に関する文章。湿度の違いで、日本で同じ経験をすることはないが、フレッシュな感覚、こみ上げてくるうれしさは、日本のツーリングでの別様のシーンの経験から、心に沁みつつ納得することができる。

「何もかも鮮やかに蘇える。どんなに待ち望んでいたことだろうかーこの新鮮な雨を。服は濡れ、ゴーグルに小さな雨粒がつく。ひんやりして、とても気持ちがいい。やがて雨雲が通り過ぎ、雲のかげから太陽が顔を出す。松林と小さな牧草地が、太陽の光にきらめいている。陽の光を受けた雨粒がキラキラ輝いているのだ。」(P.169)

ツーリングと共に、記憶を奪われる前の自分(本書ではパイドロスと呼ばれている)が考えていた思想への探求も始められる。第一部では、その序章として、2種類の人間の理解のパターンが提出される。

「私は人間の理解を二つに分類したいー古典的な理解とロマン的な理解である。」(P.134)

各々に関しては、以下のような説明がある。

「古典的な理解は、第一義的に世界を根本形式そのものであると見なす。だが、ロマン的な理解は、世界を本来直接的な印象によって捉える。もし仮に、ロマン的な考え方をする人間に、何かのエンジンや、機械製図や、電気配線図などを見せたとしても、大して興味を抱きそうもない。...反対に、古典的な人間に、それと同じ青写真や配線図を見せたり、それに関する詳しい説明をしてあげたりすれば、おそらく見ているうちに魅せられてしまうだろう。」
「ロマン的な理解様式は、本来インスピレーションと想像力に富み、直観的かつ創造的である。感情が事実よりも優位を占めている。「科学」と対置されるときの「芸術」は、しばしばロマン的である。芸術は、理性あるいは法則によって前進するわけではなく、感情、直観、そして感覚的分別(引用者注:esthetic conscienceの翻訳)によって前進する。」
「古典的な理解様式は、これとは対照的に、理性または法則によって前進する。すなわち、この理性や法則そのものが、思考や行為の根本形式なのである。」(P.135)

つまり、古典的な理解とは、対象を概念化した上でそれを構成する要素に分解し、各々の要素を成り立たせている法則を抽出することによって、対象の複雑さを、幾つかの基本的な原理(根本形式)に還元する分析的な方法のこと。この理解は、言語や数式によって行われる。
一方のロマン的な理解とは、対象そのものとその対象を可能としている原理も合わせて、その対象を、直観的かつ総合的に一気に把握しようとする方法。こちらは、イメージがその手法の中心となり、古典的な理解とは違って、論理的な矛盾も克服してしまう場合がある。
まぁ、引用文にもある通り、科学と芸術と考えておけばいいのだと思う。
そして、筆者は、この二つの理解のパターンの現状を以下のように考えている。

「結局現代に至って、古典的な文化とロマン的な反文化(引用者注:countercultureの翻訳)との間に、一本の巨大な亀裂が生じてきた。すなわち二つの世界がしだいに隔絶し、互いに憎しみを深めているのだ。...誰だってそんな状態を望みはしない。」(P.137)

そして、パイドロスは、この亀裂を埋め合わせようとしていたらしい。なので、本書では、この二つの理解の統合が探求されていくことになるのだろう。

では、オートバイは、この探求と、どのような関係があるのだろうか。

「オートバイに乗ることはロマン的であるけれども、オートバイのメインテナンスはまったく古典的である」(P.136)

オートバイに乗っている時に感じる様々な印象や感覚は、言葉では説明しきれないロマン的なものである一方、オートバイを機械として捉えた場合は、工学の典型的な産物として古典的なものになる。
ここで、特に重要なのがロマン的側面であって、この探求の旅が車では成り立たない理由がそこにあるようだ。

「車は、いわば小さな密室であり、いったん慣れ親しんでしまえば、自然のなんたるかを知りえない。窓の外を移りゆく景色は、テレビを見ているのと何ら変わりがない。私たちは、ただ枠のなかを流れてゆく景色を漠然と眺めている受身の観察者にすぎないのだ。」(P.25)

自分がオートバイに乗り続けている理由も、このロマン的側面にあるのは間違いない。
一方の古典的な側面に関しては、最近は、整備もディーラーに任せきりで、正直、興味が無くなってきてはいるが、確かに、この矛盾した二面性というところにも魅かれているような気もする。なるほどねぇ。

(つづく)


1月8日(月)

■禅とオートバイ修理技術(ロバート M.パーシグ、めるくまーる)(1)

禅とオートバイ修理技術禅とオートバイ修理技術」(ロバート M.パーシグ、めるくまーる)という本がある。アウトライダーや斎藤純の小説で紹介されたことがあるので、ツーリング好きな人ならば名前くらいは耳にしたことがあるかもしれない。
オビに、

喪失した記憶を奪還するために
過去へ通ずる独自の哲学ロードを
突っ走る

電気ショック療法によって
記憶を奪われてしまった元大学教授(著者)と
本来の父でない父に心を閉ざし
精神の病いに侵されつつある息子の
オートバイの旅

とあるように、内容は、ツーリングを通して、記憶を奪われる前の自分が考えていた思想を解明していくというもの。
何年も前に買った本で、何回か読んだことがあるのだが、最後まで読み通したことがない。なので、今年は、再チャレンジ。
が、何も準備しないまま読み始めても、また、挫折しそうなので、今回は、用意周到に行きたい。
そもそも、何故、何度も投げ出しているのか。
大きな理由は二つあると思う。ひとつ目は、ツーリングのリアルなイメージが湧かないので、飽きてしまうということ。本書で描かれるのは、1968年7月に、ミネアポリスからサンフランシスコへ、17日間で行われたツーリングなのだが、まづ、この辺りの地理感がないので、地名が分からない。なので、ルートが、全く、分からないし、道路の状況も想像できない。また、周囲の景色のイメージも全然ないので、読んでいて楽しくない。
ふたつ目は、以前の自分が考えていた思想を解明する部分が、難解なこと。ヒュームやらカントやらが出てくるが、どうも、いまいち、しっくりこない。まぁ、でも、ふたつ目の方は、自分が、挫折した当時より賢くなったことを期待して、ひとつ目の方をネットで調べてみた。
すると、結構な情報がある。

まづ、Wikipedia。(Zen and the Art of Motorcycle Maintenance)
このページによると、著者が乗っていたオートバイは、1964年式のHonda Superhawk CB77らしい。このツーリングには、友人夫婦のジョンとシルビア、息子のクリスと本人の計4人が、オートバイ2台で行っている。で、友人夫婦の乗っているオートバイはBMWという説明はあるのだが、本人のは何故かない。本書では、オートバイのメンテナンスの話がしつこいくらいに出てくるのだが、乗っているオートバイが分からなかったので、これも、イメージが湧きにくく、飽きてしまった理由のひとつだったのかもしれない。
話を元に戻して、ルートに関する情報を探すと、このWikipediaのリンク情報の部分に、そのものずばりのリンクがあった。(ZAMM Travel Route)
ページを見れば、一目瞭然。当時のルートと、どうやって調べたのか、泊まったホテル名やその住所まで記載されている。このページのオーナーは、このルートを、著者のツーリングの10年後、本書の出版の4年後に、奥さんと一緒に辿ったらしい。
さらに、この住所をGoogle Mapsで検索すると、なんと、まだ、現役のホテルがある。また、衛星写真で、道路周辺の地形や街の様子まで分かるので、様々な描写にもイメージを持つことができる。ちなみに、以下は、第一部で泊まったホテル。どちらも、現存しているようだ。

1日目:E&I Motel
3日目:Olive Hotel
(2日目はキャンプ泊で、詳細の住所情報なし)

次は、ZAMM Travel Routeのリンク情報のページにあったZMM Quality。このページには、様々な情報があるが、興味深いのが、Photo Gallery。ページを開くと、幾つかの写真と説明があって、一番上の写真をクリックすると、なんと、1968年のツーリング時の実際の写真を見ることができる。12枚あるが、これが当時の写真で残っているもの全てらしく、著者本人から送られてきたようだ。本文中の記述そのままの写真もある。
その下が、このサイトのオーナーが、2002年の夏に、著者と同じルートを辿った時の写真。変わっているところも多いのだろうが、これで、まぁ、当時のツーリングの風景をイメージすることができそうだ。
あと、オマケだが、全ての原文が掲載されているサイトもあった。

さて、準備は整った。出発することにしよう。

(つづく)


1月1日(月)

■春を待つ沈黙の風景(山本貞)

春を待つ沈黙の風景元旦の日経に、右の風景画が掲載されていた。一目見て、どこかで見たことがある景色だと思った。左側に海を見ながら、緩やかな坂道の先に白い灯台がある。この坂道に見覚えがある。
説明の文章を見ると、知床の字が目に入り、一気に思い出した。フレペの滝の近くにある灯台だ。文章によると、ウトロ灯台と言うらしい。
2004年夏のツーリングの際に、この坂道を歩いた。確か、知床自然センターからフレペの滝へ向かう歩道に、この道への分岐があったと思う。一般的な観光客の導線とは逸れていたようで、この道にはほとんど人がいなかった。なので、のんびりと、寄り道をしながら歩いた記憶がある。

説明の文章によると、初冬の光景とのことだが、加えて、以下のようにある。

「私は少しづつ、この風景のなかに、見えはしないけれど地に潜んだ大きな生命の力、春に向かってじっと耐え沈黙する植物たち、そこからの言葉を聴きとった気がした。絵を描こうと思った。」

いかにも、北海道の厳しい冬を予感させる文章。が、数少ないのだが、自分の冬の道東の経験によると、道東の冬は意外と明るい。空は青く晴れ渡り、一面の雪とのコントラストが眩しい。雪は以外と少ないので、峠でもなければ、レンタカーの運転もできないことはない。
もちろん、荒れ始めれば凄まじいのだろうが、幸い、自分は、そんな目に会ったことはない。
そういうこともあり、この文章には、ちょっとだけ違和感を持った。

今年の冬は、是非、道東に行きたい。

ツーリング | キャンプ場ガイド | BMW R1150GS | 本棚 | その他旅行記 | 過去の雑記 | リンク
(c) Copyright teruyuki 2005-