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2006年8月後半

8月30日(水)

■ajax

北海道ツーリングのレポート作成が、なかなか進まないのだが、理由があって、今、流行のajaxを、このサイトで使えないかと、いろいろ試行錯誤をしていた。本当ならば、記憶が新鮮なうちに、レポートの方を書くべきなのだが、以前はIT系のエンジニアだったので、久しぶりに、血が騒いでしまいました。

ajax(エイジャックスと読む)とは、これまた流行のweb2.0を支える技術のひとつ。内容的には、JavascriptだとかDHTMLと言った、以前からある技術要素を総合的に使っている。なので、「新しい技術」というよりは、「技術の新しい使い方」という方が正確だと思う。具体的な例としては、Google Mapsが有名ですね。ぐりぐり動く地図を初めて見た時には、どんな仕組みなんだろうと思ったが、全く新しい技術というわけではない。
で、二つ程、作ってみました。(いずれも、新し目のブラウザでないと見れません)

一つめは、大きめの画像を、スライドショーのように、ゆっくりフェードインさせながら表示させるもの。別のウィンドウを開いて、そっけなく画像を表示させるだけよりは、雰囲気があると思う。
なお、クリックするとウィンドウを閉じるが、その際にも、効果を出すようにしている。

二つ目は、実際に走ったツーリングのルートを、地図上でアニメーション的に辿るもの。ネット上のツーリング・レポートで、地図の画像上に、航跡を赤線とかで引いてるのを時々見かけるが、あれのアニメーション版みたいなものか。要所要所では、写真の画像を表示するようにしている。これは、読む人への分かり易さというよりは、自己満足用かなぁ。でも、例えば、これに、文章を録音してポッドキャストみたいにして貼付ければ、新しい形のレポートが作れますね。
なお、画面右上にある「航空写真」ボタンを押して、航空写真の上を移動するのを見るのも、おもしろいと思う。

両方とも、ネット上の記事やサンプルをベースに作成したが(ありがとうございました)、いずれも、技術者のメモ書きと言ったものが主流で、個人のページでajaxを活用しているのは少ないと感じた。
もっと簡単に、ajaxを活用できる開発環境が広がらないと、裾野は広がらなさそう。


8月26日(土)

■オホーツクに消ゆ

北海道ツーリングのレポート作成が、なかなか進まないので、北海道関連の話をひとつ。

オホーツクに消ゆ自分と似たような世代で、学生の頃にパソコンを持っていた人には懐かしいであろうゲームを揃えた「プロジェクトEGG」というサイトがある。
「惑星メフィウス」とか「夢幻の心臓」等々、当時を知っている人には涙モノの懐かしいゲームが並んでいるのだが、その中に、「オホーツクに消ゆ」がある。自分が刑事となって、連続殺人事件を解いていくアドベンチャー・ゲームなのだが、タイトルの通り、北海道が舞台になっている。
当時は、まだ、パソコン・ゲームのマーケットが立ち上がりの時だったので、金をドブに捨てるようなものも多かったのだが、その中で、このゲームはストーリーがしっかりしていると評判だった。が、その時は、金のない学生だったので、指をくわえて見ているしかなかった。

そんなゲームが、会員費の月額\300プラス\800でできる。というわけで、やってみました。

オホーツクに消ゆ ニポポ人形ゲームは、Windows上で、PC-8801(!)のエミュレータで動くのだが、これがよくできていて、画面から音まで、当時のゲームの雰囲気がよく出ている。もう、ビープ音の再現なんて涙モノ!
というような懐かしい話は置いても、ストーリーが、結構、よくできているので楽しめる。もちろん、主にオホーツク海沿いになるが、北海道のあちこちが舞台として出てくる。
ゲームにかかる時間は、実質、1日程度でできるので、お手軽。進め方が分からなくなっても、いざという時には、ネットを検索すれば答えもあるので、安心です。
北海道の好きな人は、一度、やってみたらいかがでしょうか。


8月21日(月)

■2006北海道ツーリング

北海道ツーリングから帰ってきました。天気予報は、かなり最悪だったけど、うまく雨を避けることができて、カッパを着る必要があったのは数時間程で済みました。
結局、道北を中心に回りましたが、今年の北海道は暑かった!!気温も高いのだが、湿度が高いので、ムシムシ。留萌駅の立ち食い蕎麦家のおばちゃんなんか、もう、暑くて死にそうな顔してた。

下の写真は、クッチャロ湖畔キャンプ場の夕陽です。今回は、ここの夕陽が、一番印象に残りました。

それにしても、北海道は、何度行っても、宿題が減らない。行きたいと思っていた場所を訪れて、ひとつ宿題が減ったと思っても、他に、また、行きたい場所が増えるんだもんなぁ。

クッチャロ湖畔キャンプ場からの夕陽


8月16日(水)

北海道探検記■関寛斎

北海道ツーリングに合わせて、これまで、読んだことのある北海道関連の本を、本棚から引っ張り出してみた。

最初は、「北海道探検記」(本多勝一、朝日文庫)。内容は、著名なジャーナリスト本多勝一による、自然から都会や開拓地の生活、戦時中の朝鮮人強制労働まで、北海道の様々な側面のルポルタージュ集になる。時代は、昭和30年代とその約20年後に大きく分かれており、かなり古いが、その分、知らない北海道を知ることができる。
細かい内容は忘れてしまった部分が多いが、昭和30年代の開拓地の生活の貧しさと、戦時中の北海道での朝鮮人強制労働の文章は記憶に残っている。特に、後者に関しては、97年のツーリングの際に、その現場となった旧天北線の停車場の飛行場前駅を探して、見つけることができなかった経験がある。
これは、今回の北海道ツーリングに持って行って、もう一度、読むつもり。

街道をゆく 北海道の諸道もう一冊は、「街道をゆく 15 北海道の諸道」(司馬遼太郎、朝日新聞社)。こちらも、長い間読んでいないので、忘れてしまったところが多いが、陸別を拓いた関寛斎のことが印象に残っている。
関寛斎は幕末から明治にかけて活躍した人で、元来は医者だ。20代で長崎に留学、その後、阿波徳島藩に侍医として招かれた。そののちの戊辰戦争では奥羽出張病院頭取を命ぜられ負傷者の治療を行っている。戊辰戦争終了後は徳島に戻り、開業医として過ごす。その間は貧者には無料で治療を施すような、地位や名声とはかけ離れた世界に生きていたらしい。ところが、徳島では多くの人から慕われ敬われて、幸せな生活を過ごしていたはずなのに、60代半ばを過ぎてから北海道の開拓民になるという考えを強めていった。そして、なんと、73歳にして北海道に妻とともに渡ったのだ。満ち足りた徳島での生活を捨て、わざわざ70歳を過ぎてから極寒の地に来たわけである。陸別は冬の寒さにおいて、道内でも一、ニを争う。そして、容易に想像がつくように、その開拓は困難を極めたらしい。
しかしながら、強靱な意志を持って開拓を続け、その後にはそれなりの成果を上げた。ところが、その努力も入植10年後、83歳の年で終わることになる。服毒自殺だった。妻の死や子供との財産相続に関する争いというやりきれない事件があったとは言え、80歳を越えてからの自死というのは一体どういうわけだったのだろうか。
本書で、そんな寛斎を知り、97年のツーリングの際に、陸別の関寛斎資料館を訪れた。

北海道週間天気予報ところで、今週後半の北海道の天気予報は、かなり最悪。

ブルーです...

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