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2006年8月前半

8月14日(月)

ブルータス 若沖をみたか?■伊藤若冲

今号のブルータスは伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)の特集です。本屋で、たまたま見かけました。
東京国立博物館で開催している「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」には、先月行ってきた。思ったより若冲の作品が少ないなと感じたが、やっぱり、一部がブルータスの表紙になっている「鳥獣花木図屏風」はよかった。

伊藤若冲とは、近年、急速に注目されている江戸時代の絵師。自分が、伊藤若冲を知ったのは、中沢新一の「対称性人類学」(講談社選書メチエ)にある以下の一節からだった。

「伊藤若冲の描いた動物たちのなまなましい姿を見ていると、人間と動物とのあいだに同質な生命の流れが流通しているのを感じて、不思議な幸福感に包まれます。その昔、まだ人間が動物や植物と分離していなかった神話的な時間が、そこには取り戻されているからです。」

対称性人類学本書中には、「鳥獣花木図屏風」とほぼ同様の「樹花鳥獣図屏風」が載せられていて、最初見た時に、(よく見るとそうではないのだが)、象が笑っていると思った。そう、若沖の絵を観ていると、「不思議な幸福感」を感じる。実物を非常に精密に描いているようなのだが、実は、そうでもなくて、どこか、滑稽感というかユーモアと愛らしさがある。多分、そこから、幸福感を感じるのだと思う。
そういう点では、自分は、若沖に多い鶏の絵よりは、例えば、動植綵絵ならば「池辺群虫図」や「群魚図」のような、虫や魚の方が好きだ。「池辺群虫図」で、同じ方向を見ているたくさんの蛙なんか、かわいいじゃないか。「貝甲図」の貝もいいなぁ。
(これらは、細かい絵なので、ネット上の画像だとよく分からないと思います。ちなみに、自分は、若中の画集は、「目をみはる伊藤若冲の「動植綵絵」」(狩野博幸、小学館)を持っています。これは、作品が、若沖畢生の大作「動植綵絵」に限られていますが、オススメできると思います)

前回の雑記に書いたsensitivityの点では、若沖は、いきものに対する深い愛情から、人並み外れたものを持って、それを絵に表現できた人なのだと思う。

ちなみに、若中が注目されたのは、「奇想の系譜」(辻惟雄、ちくま学芸文庫)という本で、紹介されてからとのことだ。若中の章だけ読んだけど、専門家向けで、ちょっと読みづらい感じ。

目をみはる伊藤若冲の「動植綵絵」 奇想の系譜

8月11日(金)

霊的人間■霊的人間(鎌田東ニ、作品社)

霊的人間 - 魂のアルケオロジー」(鎌田東二、作品社)を読んだ。何やら怪しげなタイトルだが、そうではない(と思う)。本書では、ヘルマン・ヘッセ、平田篤胤、ラフカディオ・ハーン等、著者が「霊的人間」と考える古今東西の詩人や学者に関して、その仕事や個性が紹介されている。
怪しい感じのする「霊的」という言葉に関して、その内容は明示的に定義はされていないが、理性や論理ではなく、人並みはずれた感性や直観で、ひとかどの仕事を成し遂げた人物を霊的人間と呼んでいるのだと思う。

例えば、本書中、ゲーテの以下の言葉が引用されている。
「芸術と学問は思惟によって到達できるが、詩はそうではない。詩は霊感だから。詩が生まれるときは、魂の中に宿る。詩は芸術でも学問でもなく、精霊と名づけなければなるまい」
詩は、思惟ではなく霊感により生まれる。それは精霊のような曖昧で反理性的な言葉で表すしかない。
また、ラフカディオ・ハーンの引用では、
「この大気そのものの中に何かが在る-うっすらと霞む山並みや妖しく青い湖面に降りそそぐ明るく澄んだ光の中に、何か神々しいものが感じられる-これが神道の感覚というものだろうか」
とある。今の時代ならば、神道ではなくアニミズムという言葉の方がしっくりくると思うが、いずれにしろ、ハーンは、「感じられる」とか「感覚」としか言えない反理性的な表象を基に作品を書いた。

本書には、本居宣長も登場するが、宣長が日本的なるものの神髄としている「もののあわれ」を、ドナルド・キーンは、"a sensitivity to things"と訳したそうだ。筆者によると、「もの」をthingsと訳すことには問題があるようだが、sensitivityというのは分かりやすい。なにものかに対する敏感さや感受性。ただし、平安文化のような、繊細で閑雅なだけの箱庭的な「あわれ」には興味は無い。そうではなく、もっと地に足の着いた、妖しいまでのsensitivityを、自分は持ちたいと思う。

筆者によると、「もの」には、霊(モノ)から、者、物に至るグラデーションがあると言う。自然は、いずれの「もの」に関してもsensitivityを喚起するが、そんな自然に対するsensitivityを持つためには、なんらかの手段が必要だ。それは、登山でも、釣りでも、写真でも、写生でも何でもいい。ただ、漫然と眺めているだけでは足りない。せいぜい、「すごいねー」という言葉が出てくるくらいだ。

自分にとって、オートバイは、そのような手段のひとつなんだと思う。人は、自然と関わる手段を持つことにより、自然をもっと理解しようと学び、それにより、自然の見方がより深まる。オートバイは、それに加えて、人の感性を鋭くするところもあると思う。オートバイに乗ることによって、それまではなかった形の波紋が心に広がる。

行く先に湧き立つ北海道の夏の雲、

信州の山道でコーナーを曲がると感じる冷んやりした空気

信号待ちのヘルメットを打つ雨粒の音、

森の匂い、

どこからか入り込んでくる雨の味、

熊野の山中で感じたぞくぞくする背中...

オートバイは、自然に対するsensitivityを高めるメディアと言えるのではないか。


8月10日(木)

■2006北海道ツーリング

プロジェクトが延期になってしまった。予定では、8月は仕事でイッパイ・イッパイのはずだったが、お客さんの都合で、開始時期が少しずれた。というわけで、お盆は、余裕ができるので、2〜3日は休めそう。週末と合わせて、4〜5連休。嫁さんは、その時期は、休みは取れなさそうなので、行きましょう、ツーリングに。

この期間だと、まぁ、東北が無難なところだけど、北海道も行きたいなぁ。でも、北海道の場合は、オートバイを渡道させないといけない。普通ならば、フェリーだけど、この期間だと時間がもったいないし、そもそも、お盆で空いているわけがない。で、オートバイだけを輸送するサービスを提供しているトーリクに確認すると、北海道での乗出し日の7日前迄に都内の事務所に持っていけば間に合う。また、「混んでいる」という考えがあるかどうか知らないが、とにかく、空いているとのこと。飛行機は、帰りの日の便が一杯だったが、空席待ちをしたら、すぐに席が取れた。ラッキー。これは、北海道に行けと言っているに違いない。というわけで、オートバイも預けてきてしまいました。

とりあえず、道北・道東方面のキャンプ場だけ、時期が時期なので、あまり混まなさそうなところを中心に、ざっと、ピックアップすると、こんな感じかな。

□サイトが広いキャンプ場
・ウスタイベ千畳岩キャンプ場
・上士幌町航空公園キャンプ場
・多和平キャンプ場

□そもそも、人が来なさそうなキャンプ場
・町営チミケップ湖キャンプ場
・来止臥野営場

□行ったことが無くて気になるキャンプ場
・YAMANONAKAカムイミンタラキャンプ場
・クッチャロ湖畔キャンプ場
・士幌高原ヌプカの里キャンプ場
・晩成温泉キャンプ場

羅臼岳あと、どこか山に登りたいなぁ。調べると、雌阿寒岳は入山禁止になっている。残念。オンネトーを頂上から見てみたかった。
じゃあ、おととし、羅臼湖に行く途中で見た時から登りたいと思っていた羅臼岳かな。でも、お盆の知床は激混みしていそう。どうしようか。


8月8日(火)

■信州旅行

週末は、嫁さんと信州旅行に行ってきました。

長野新幹線で長野駅まで行き、そこからは、トレン太くんのレンタカー。道路が混むのは首都圏への出入りなので、オートバイでないならば、この組み合わせが一番合理的だと思う。帰りは、車内で酒ものめるしね。ハハハ

天気は、快晴。長野市内は暑いくらい。
まづは、戸隠に向かい、戸隠バードラインを走る。遠くの戸隠連峰がきれいだ。高原の空気が気持ちいい。
蕎麦屋が多くなってきた辺りで、事前に目星を付けておいた店に行くと行列ができている。並んでまで食べるつもりはないので、適当に、空いている店を探して入った。特に有名な店ではないようだけど、ソバの味がしっかりして、おいしかったです。

その後、野尻湖へ向けて、バードラインを走る。この道は、オートバイが多いが、自分も、何度か走ったことがある。種類は、BMWが多い。しかも、グループ。ソロのライダーはあまりいない感じ。

野尻湖では、周回している道路をのんびり走る。湖岸に車を停めて少し歩くと、ちょっと、暑かった。周囲はのどかな田舎の村。蝉がないている。ヒグラシも聞こえる。夏ですなー。
この後、今夜の宿がある斑尾高原へ向かう。

野尻湖 野尻湖近くの村
野尻湖 野尻湖近くの村。のどかですなー

斑尾高原では、道路の脇に「ラベンダーパーク 無料」というような看板があったので、いかにもという感じの東急系のリゾート施設に寄ってみる。が、昨今の天候不良で、ラベンダーは全然ダメ。かろうじて、紫色かなという花がついているだけ。残念。

希望湖その後、少し歩こうということで、「斑尾高原トレッキングトレイル」で事前に調べておいた希望湖に行く。本当は、沼の原湿原に行くつもりだったのだが、暑いので、水辺の希望湖になった。1周2.5Kmなので、お手軽なコースなのだが、人造湖なので雰囲気はイマイチかな。あと、ブラックバス釣りの人が奥まで入り込んでいるのも、気になった。なんで、こんな所にバスがいるんだ。
でも、でかいオニヤンマが飛んでました。

30〜40分で1周した後は、今夜の宿「オーベルジュ・ラ・プーサン」へ。木をベースにした落ち着いた建物で、いい感じの外観。受付のオーナーの印象もよく、結局、その印象が帰るまで続きました。食事もよくて、意外な感じもするが、日本海が遠くないので、山の幸ばかりでなく、海の幸もあった。この値段でこの食事は、嫁さんも大満足。二人で、ワインを1.5本空けてしまいました。

翌日の朝は、気分すっきり。涼しいので、よく眠れた。朝ご飯もおいしく頂いた後は、再び野尻湖へ。午前中は、カヌーをやる予定。この手の遊びは、おととしの知床でのシーカヤック以来だ。
事前に予約はしていなかったが、調べておいたサンデープランニングというスクールに行くと、カナディアンカヌーなら空いているが、すぐ始まるとのことで、慌てて受付と着替えをする。この季節だと、濡れても構わない格好ならばいいようで、嫁さん・自分とも、水着の上にTシャツ・短パンで、問題なかった。
カナディアンカヌーのパドルは、カヤックと違って、水を掻く面が片方の端にしかない。そのため、艇の両側を均等に漕げないので、水を掻いた後のパドルの操作で、進む方向を修正する。
最初は、嫁さんと2人で乗って、漕ぎ方をおぼえる。この時点では、真っ直ぐ進むように、艇の右側と左側を適当に漕ぎ分ける。ふらふらしながらも、結構、沖まで行けた。シーカヤックより、少し視線が高いが、水面は気持ちいいなぁ。
後半は、浅瀬に移動し、単独で練習をする。内容は2時間だが、後半には、なんとか、真っ直ぐ進めるようになった。カナディアンカヌーは、人力だけに頼ったシンプルなスポーツなので、その分、奥が深そう。嫁さんも、最初は、くるくる回っていただけだったけど、だんだん、真っ直ぐ進めるようになって、楽しんでました。

陸に上がると、昼ご飯の時間。今日は、昨日よりも湿度が高く暑いので、再び、涼しい戸隠へ。
途中、とうもろこしの看板があったので、車を停めた。とうもろこしを買って、近くのテーブルで食べていると、50歳前後と思しきおじさんが、BMWのオートバイで出発しようとしているが、これが、へっぴりごしで、今にも、倒しそう。奥さんとタンデムのようだが、奥さんの補助で、かろうじて、向きが変わっている。いきなりBMWを買っちゃったタイプなんだろうなぁと、半分、冷たい視線で眺めていると、なんとか、出発。だけど、よく奥さんが後ろに乗ってくれるな。普通、あのへっぴりごしを見たら、怖いやら情けないやらで機嫌が悪くなると思うんだけど。

バードラインで標高を上げて、涼しくなってきた辺りで、小鳥の森という、デッキのあるカフェっぽい店に入る。どうせ、蕎麦屋は混んでいるだろうということと、空気が気持ちいいので外で食べたいと思っていたところ、道路沿いに、ちょうどよくあった。ピザとパスタを食べたが、ここもおいしかった。特に野菜とバジルがおいしい。先程とうもろこしを食べたところで、ついでに、ナスも買ったのだが、家に帰って、焼きナスにして食べたら、これも、うまかった。オーベルジュの食事も合わせて、野菜が本当においしい。

オオデマリ途中、嫁さんのリクエストで、ソバのソフトクリームを食べてから、長野駅で車を返し、新幹線へ。

この日は、ちょうど、長野県知事選があり、田中康夫が落選した。ちょっと、残念。


8月3日(木)

街道をゆく オホーツク街道■ジャッカ・ドフニ

前回は、アイヌ語地名の話を書いたので、今回は、もう一歩、視野を広げて、北方民族のことを。
北海道周辺の樺太や対岸の大陸には、アイヌ以外にも、ナナイやウィルタ、ニブヒ等の少数民族が住んでいた。特に、樺太に住んでいたウィルタ、ニブヒに関しては、樺太が日本の領土だった戦前の時代には、合わせて3,000人程いたが、敗戦の時に、多くが北海道のオホーツク沿岸に移住したらしい。
この辺りの経緯は、司馬遼太郎の「街道をゆく 38 オホーツク街道」(朝日新聞社)で知った。
網走に、ジャッカ・ドフニという資料館がある。ウィルタやニブヒ、樺太アイヌの文化を保存・展示しており、ウィルタ語で、「大切なものを収める家」という意味。この資料館は、上記の樺太から移住してきたウィルタ人と周囲の協力により、苦労の末に建てられたとのことだ。

ジャッカ・ドフニ自分は、最初、2001年の冬に訪れたが、その時は開館しておらず、翌年の夏のツーリングの際に、入ることができた。こじんまりとしているが、衣類や靴、生活用具等の展示物を、実際に、手で触ることができる。ここで、「和」の世界とは全く異なる北方の文化や生活に思いを馳せるのもいいと思う。
帰り際に、管理人の上品なおばあさんにお茶を出してもらい、少し会話をさせて頂いた。前年の冬に来たときは開いていなかったことを言うと、冬は、除雪ができないので、休館しているとのこと。パンフレットに同封されていた募金協力の紙片によると、経済的に厳しい状況のようだった。
その後、外に出ると、急に現実に引き戻されたような気がして、館内には、別の時間が流れていると思ったことを憶えている。

ジャッカ・ドフニに関しては、ウィルタ協会のページに説明があります。このページによると、現在は、土日しか開いていないようなので注意のほどを。
なお、建物はこじんまりとしており、また、周囲がごく普通の団地で資料館があるような雰囲気ではないことも合わせて、住所だけで辿り着くのは難しいかもしれない(自分もかなり迷った)。なので、パンフレット掲載の地図をスキャンして載せておきます(クリックすると少し大きな画像が開きます)。

ジャッカ・ドフニ地図

デルスウ・ウザーラ 沿海州探検行大陸側の北方民族に関しては、「デルスウ・ウザーラ - 沿海州探検行」(アルセーニエフ、平凡社)に、沿海州に住むゴリド(ナナイ)の記述がある。ロシアの軍人アルセーニエフが、1907年に開始した沿海州探検の記録で、この探検のガイドが、タイトルにもなっているゴリド人のデルスウ・ウザーラだ。デルスウは猟師なのだが、「論理」にやられてしまった人間には想像もできないような、大自然の中で生きていくためのゴリドの能力や知恵を見せてくれる。銃の腕前や動物・人の足跡の分析、観天望気等、探検という性質上、地形や植生等の基本的な事実の記述が多く、退屈なところもあるが、デルスウのスーパーマンぶりは読んでいて気持ちがいい。
例えば、野営の場所を決めてテントを張った後、デルスウが言う、「わし、思う。ここ場所悪い」「川で水をとろうとしたら、魚が悪態をつく」。兵士達は腹をかかえて笑うが、この夜、獣か悪魔か、得体の知れない何ものかにキャンプ全体が怯えることになる。

なお、本書は、黒澤明が映画化しているので、DVDで見ることもできます。

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